僕が「目玉がカメラになればいい」と言っているのは、カメラの存在を無くし被写体や撮り手に撮る意識を持たせないため。
被写体と撮り手の間にカメラを入れたくない。
僕が何故D5000が気に入っているか。それは一番目に近いと思っているから。あの小さなボディは他の一眼レフより控えめな存在で、しかもシャッタースピード、絞りを優先出来る。このカメラは僕にとって最大公約数なんだ。
自分の目に近づけたいというのは自分が感じたままにコピーしたい、と言うことだろ。だから目に近付けたいと思っている。僕のカメラの選び方、使い方はこんなものだ。
写真は撮ることも観ることも好きだけど撮影する行為はそれとは全く違っていて被写体が好きだから撮っている。写真が好き、とか、撮ることが好きだとかとは全く違う。そして、そうなりたいと思っている。僕は写真愛好家でもなくカメラ愛好家でもない。
と、思い込ませてる。
撮影に必要なものは技術じゃない、感性。目の前に起きている物事をどう感じたか、その伝達を上手くさせることが技術なんだ。その中にカメラの性能が入っている。どう感じるかはよく知ること、知識や体験が必要なんだね。
写真のことを僕に語らせるな。ただても長いメールがさらに長くなる。
ここらで終わりにするよ。