今日、友からマン島TTレースの話を聞いた。因みにこの話しは過去何回も聞いている。
ある老婆がそのレースに詳しかった。それが嬉しかった。と、言った。
その女性が若かった頃、そのレースに出るレーサーはアイドル的存在、昔に例えるなら歌舞伎役者だったのでは。で、そのレーサーは神に一番近付ける誇り、語弊があっては困るが神になろうとしているのではなく、神と会話出来る存在になろうと、いや、神に見て貰える資格を得るためにトップを狙っている。たぶん、そんなことを言っていたんだと思う。
何故、こんな話しになったのか忘れたが、本来の祭りは神との会話、会話っていうとちょっと違うが、んー、御報告かな、それが祭り。
あ、神への感謝の意志表示。だな。
それが今もマン島TTレースには残っている。ってことだな。
日本って、歴史があるけど今の祭りの定義が変わっているんじゃあないか?個人主義、それは輸入してきたものではないか。
僕たちの前の世代は敗戦をくらって一生懸命頑張って生活を豊かにしてくれた。で、今の世の中だ。先進国でありながら自殺者はトップレベル、精神的病に侵されている。
文明が急速に発達してそれに文化がついていけなかったんだろう。
で、僕たちより若い世代は精神的文明を発展させようとしている。文化でなく文明ね。
そんな気がした。
それは一種のバウハウス運動かも知れない。
じゃあ、僕たちの世代は何をやればいいのか?橋渡し、だと思う。
具体的にどうすればいいか?若い奴と一人一人会話するしかないだろうよ。
今、僕がやっていることがたぶんそんなことだと思ったよ。
若い奴等にとっては反面教師かも知れないけど、この姿を見れ!と胸を張って云えるように生きたいね。
こんな人間もいるんだよ。ってさ。
文明と文化、ハードとソフト。もうそろそろ良いバランスになって欲しい。
不況不況と嘆くより今だから日本の文化を育てる、育てる?見直す時じゃあないかな。好景気になることを諦めて文明を楽しもうよ。一般市民は。
あー、元禄時代とは違うけど、こんな時だらら遊びが出来るんだ。朝から晩まて働いたらあとは飯食って寝るだけじゃん。
表面的文化ではなく、老人と若者がいっしょに語り合える、そんな文化を今の日本は必要としているのではないか。そんなことを今日、思いました。