先日、癌と闘病中の奴からメールが届いた。
退院から二か月回復中。リハビリで毎日近所を散歩。
だと。
健康が一番、僕も交通事故で背骨を折って、第一と第二を腰椎圧迫骨折してね。おしっこも出なくなってあそこに管入れっぱなしで寝たっきりで五週間過ごして…、うわぁー思い出しちゃったよ。何回も自尿挑戦して出来なくてそれでも楽天的なのかこのまま歩けばいいじゃん、とか思ったり。足に裏にハケで触るんだよ、「感じますか?」って。ずーと痺れているんだよね、でも感じればいいじゃん。その時はベットから起き上がることさえ出来なかったのにね。そのときに健康が一番って感じたかも。かもかも。失って初めて気付くんかね。
でもさ、健康ってのは何かの目的のためにあった方がいいもの、なーんて思っているわけ。身体が健康、精神が健康、健康っていうのは何だぁ、
[名・形動]
1 異状があるかないかという面からみた、からだの状態。「―がすぐれない」「―優良児」
2 からだに悪いところがなく、丈夫なこと。また、そのさま。「―を保つ」「―な肉体」
3 精神の働きやものの考え方が正常なこと。また、そのさま。健全。「―な考え方」「―な笑い」
[ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ]
って書かれてあるけど、僕は健康は二番でいいや。こんなことを云うと闘病している人たちに失礼かもしれないけど、夢途中で亡くなった彼女のことを想っても健康が一番なんて思いたくないね。彼女が真摯に夢へ向かって頑張った姿が一番だ。
身体が健康でも心が病んでいる人がいる。あっ、健康が一番って心の健康のことなの?あーなるほど、それならわかる。やばい、話しが横道に…、そんなことを話したいわけじゃなくて。
手段が目的になっても人それぞれだからいいんだけど、知らないうちに手段が目的になりその姿に気が付いて無理に肯定しようとした時がね、苦しいと思うよ。それは必要な苦しみ?もしそうでなかったら目的のためには手段をかえてもいいんだな、無理しないように、な。
大きな夢、いいけどさ。夢は大きいものではなくて元はみんな同じ大きさなんだね、たぶんそう。明日でも今からでも出来るものだと思うよ。だからね、目的を見失わないためにも小さなものやろうよ、ユージン・スミスの「小さな声」を。この前読んだ梅木達郎著にも「書を捨てて街に出よう」って寺山修司の言葉が載っていた、けっこう有名な言葉なんだね。梅木達郎の本?サルトルだよ(笑)
そんな感じ。
なんか、最近このブログ、愉快な話しなくなってきたね。ごめんなぁ、分かると思うけどこれメッセージなんだよ、誰かさんへの。
「おだやかな構図」の後にこの記事かよ。おだやかじゃーねぇーなー。
さて、僕も街に出ようっと。てか、出っぱなし?←これ、笑うだろ?いや、最近引きこもり気味だからさ。