セルフポートレートは誰の作品?撮った人の作品?さてどうでしょうか。僕が撮ったポートレートは僕の作品とは思っていません。でも、セルフポートレートは僕の作品です。また屁理屈を云いそう?ポートレートは目の前にある作品と撮っている。写真は目の前の作品の平面コピー。で、ここでいうセルフポートレートは本人がただ撮っているのではなく僕が指示を出して撮らせている写真のこと。映画を撮ったカメラマンは一応撮った作品というけど一般的には監督さんの作品という色の方が濃い、ということは指示した人の作品になるでしょ。テレビ画面に出ている人を撮ってポートレートとしたのがアラーキー、これも立派な作品だ。弟子に自分のカメラを渡したから私の作品とも云っていた。私が教えたから私の作品(笑)だから写真は誰の作品か判らないのです。強いて云うならカメラの作品?いや、カメラがなくても写真は撮れる。マン・レイのレイヨグラフはカメラなしで撮った写真。では、光の作品か。かっこいいまとめ方じゃん。
マン・レイの「アングルのバイオリン」は手を入れない機械任せの写真を芸術と認めない時代へのおちょくり(だと思うが)”おちょくり”大賛成だね。
写真は絢子が今年3月に撮ったセルフポートレート。誰の作品か訊くのは愚問だよ。作品という言葉に踊らされてはいけないよ。