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open+の+日記+

前向きになるための前向きな日記



+毎日楽しく自分らしく生きるために+





+夢を叶える近道は、楽しく生きること+



なかなか生理こないなぁ。
ずっと生理前のしんどさと腹痛が続くなぁ。

ふう。


先月末の数日間は、辛くてのろのろと生活していた。
辛いから早く寝たし、
無理な事は一切しなかった。

でも予定日から④日遅れて、同じ辛さが続く今、
甘んじて床に臥す事が堪えられなくなった。


辛さは同じなのに(笑)


そうかなるほど人間って。

終わりがないと分かると、現状の中で工夫しようとする。
前向きに考えようとする。
不本意な現状の中で、向上しようとする。



おかしいもんだ。


じゃあゴールが確定している時にもそうあれば、
もっと人生は楽なんじゃないか?

予想通りに事が進んでいる時、人は妥協しているのか?

スケジュール帳の記載通りに事が進む事を基本としている時点で、
実は人の能力って数パーセントしか働いていないのではないか。。



でも予定通りに事が進まないといけないし、この世の中。

人生の中で予想外の事が起こった時こそ、シメタと食いつきぐるぐる苦悩すればいいのか。


悲しい予想外には、一生出会いたくないけど、
できれば。


+++


自分を想ってくれる人がいて嬉しい+


仕事を、日々着実にこなせていることが嬉しい+


日々体調の変化と、うまく付き合えている自分が嬉しい+

それを理解してくれる人がいて、嬉しい+


たまには帰っておいでと言ってくれる親がいて、嬉しい+



とりあえず+



蟹鍋が今から楽しみ。

混濁した状況の中に、どんどん楽しみな事が、
増えていく。


現時点のいろいろなことが、その度薄れていくのを感じる。


でも、休まることなくどんどんと時は流れるし、
どんどんと約束事が増えていく。
友達、仲間、ご飯、お酒‥ずっとそんなテンションで。

一つ、また一つきちんと過ぎ去っていくけれど、

ゆるゆるとそんな生活が過ぎて、蓄積されてゆく。


ゆるゆると、あったかく、軽やかに。


もう、酔ったから、寝ます。



シチューはちょっと乳製品臭が強く、塩っけが足りなかったなと。

旨煮は、うまかった。もやしシャキシャキ。

でもあんまりコメントが出なかったな、旨煮に関しては。



うーむ。

ビールと嗜むなら、シチューは改善の余地有り。

ごはんという発想がないんだもん、あの家。

ただビールが出るのみ笑



旨煮も美味しかったはず。

何倍も食べてた。旦那さんが。

残ってたけど。




来週は、なんだかんだでカニ鍋パーティーになった。

どんな会話の流れだ?


酔っ払ってるとどこまでも会話が伸びて、テンションが上がる。


だからカニ鍋パーティーになったのか。。




どうやってまとめよう。



+++


近くのスーパーに買い物に行って、

さあ、愛しの幼なじみのためにシチュー作るぞと、エプロンして。


500円で買ってきたカルロロッシを飲みながら、

にんじん切り、じゃがいも切り、ブロッコリー、きのこ3種類、豚肉3種類(ブロック、バラ、ミンチ♪)。

カルロロッシは止まらない。



給食のおばさんのごとく

大鍋でも弱火でじっくりことこと煮ながら

かるく3家族分くらいの、シチューを作り上げ、


プーさんの大きなタッパーにどぶんどぶん、と入れて、


カルロロッシで気分が良くなり、行動に止まりがきかなくなって、(この感覚、わかるかなぁ。)

(わかんねだろなぁ)

余っている食材+αで旨煮を作り上げた。




袋に入れると、重いしどうやっても水平にならない。


そんな大荷物を抱えて早めに出発。





そしたら、幼なじみも早めに着いたみたいで、「おお」と手を振ってみれば

何故か視線は私の後方。


あれ、きづいてない?と思って後ろを見たら、彼女の旦那さんが。。



3人揃って、仲良くマンションに帰りました。

せっかくの水入らずなのに、ごめんね、と言いながら・・笑



アサヒスーパードライと、具だくさんシチュー、旨煮。

おいしいおいしいと言って食べてくれた。


喜んでくれた。

よかった。。



私もしっかり参加してしまったけど・・+




会話が弾み終電逃して、タクシーを呼んでもらった。

最後まで新婚夫婦のお世話になりっぱなし。


迷惑だと思いつつもやっぱり一緒にいたい。




喜んでくれて、よかった++





幼なじみから、大変素直な喜びメールが返ってきた。


遠慮するでもなく、嬉しい!助かる!家にも上がっていって!と。




ああ、よかった。


いい子でよかった。




物事は、とても単純。。




選択肢は、1つ2つしか作っていはいけないのだ、1つのものごとに。+



私の部屋には、大切な人の仏壇がある。



仏壇と言っても位牌はないし、線香もない。




古本屋で買い集めた、私の好きな小説が並ぶちいさい本棚の上に、


その人と私が写っている写真と、その人の愛用していた筆記用具、御香立、頂戴した少しの遺骨、

その人からもらった、長崎製ガラスの小物入れ。

その中に、いつもキャンドルを燈している。


家でビールやワインを呑む時は、小さい切子グラスに入れ、共に味わっている、



そのくらいのものだ。




今日、写真立てを買いにいった。

汚れないようクリアケースには入れていたけれど、なんだか味気ないと思っていて、

日に褪せてしまう心配もあったから。


メタリックなものや、木目調、大きいのちいさいのいろいろあったけど、

水色のシンプルなものにした。



家に帰って写真を入れてみると、どうも落ち着かない。

色が悪かったか?



いやなんだか、急に形式ばってしまった。

私の気持ちがあってそこに写真はあったのに、

額に入れた途端、私の意志から離れてしまったような感じがしたのだ。


なんだか、本望ではない。

わざとらしい。

違う。



例えばお嫁に行った先の姑や小姑と全くウマが合わず、

でも最終的にはその人達と同じ墓に入る、

みたいな感じ。

しかも旦那はまだ生きていて、一人で赤の他人の墓に入る、


そんな感じ。



一日二日様子を見ようと思っていたが、

取ってしまった。



取ったら、

その人が自由に戻った気がした。



「あ、そうか、仏壇みたいなんだ。」

だから嫌な感じがしたのか。




仏壇を形式ばって作りたいのではないのだ。

その人とこれからも共に生きたいのだ。




悲しみや思い出は、

越えるのではなく、克服するのでもなく、受け入れるのでもなく、



ただ、共に歩く。

最近やっとそれができるようになったところだ。




+++



毎日外食の幼なじみに、

手づくりのシチューをあげたいと思い立ち、

今日仕事終わった後、渡したいものがあるから玄関先で渡すね、

って言ったら、


私とご飯が食べたかったらしく
駅で待ち合わそうよ、
もしくは明日なら早く終わるから、明日の方がいいんじゃない?


と、言ってきた。


でも私は今日休みだから作る時間があるのは今日しかないし、
駅で渡しても重いものだし、
びっくりさせたいから黙っていたいし‥


言えないからごにょごにょ言い合って、

とにかく明日連絡するよ、遅くなるかもしれないよ?
と、言われた。



失敗感。
後悔感。

逆に迷惑かけたかなあせる


それからどんどん考えが湧いてきて止まらない。

電子レンジあるのかな?
お鍋で渡した方がいいかな?
洗うの面倒臭いと思うだろうな。
(料理しないから外食ばっかりなんだし。)
シチュー嫌いかな、好き嫌い多過ぎていまいち覚えてないんだよな。
逆に迷惑かな?
お皿やスプーンはあるかな?
カレーの方がいいかな?
まだ引越してきて間がないから(もう二ヶ月位?)、玄関先でも迷惑かな?


私のいい癖か悪い癖か、、



何かをしたい、気持ちを表したいと思っても、
それにはたくさんの難問が立ちはだかる。

なんにしてもそうだ。

もっとスマートに出来たらいいのに‥。



これは、経験を積んで勉強していくしかないと思っている。

それでその人との関係も築いて行くことになるんだと思う。



あれかな、これかな、予想外の反応だった、変な顔したな、失敗したかな、意外と喜んでたな




幼なじみだから、家族に近い感情なんだと思う。

大人になってからの友人関係って、結構損得感情だけど、

私とあの子は、
少なくとも私は家族感情だと思う。

ただの出会いだったら、きっと友達になっていなかった、その位世界が違う子だ。



何年も離れていたから、急にまた近くなったから、私はびくびくしている。


シチューで釣りたいわけではない、気持ちを伝えたいのだ。



結局、メールした。

渡したいものって、実はシチューなんだけど(玉葱入ってないよ。)、
たくさん作りすぎちゃって、
外食ばっかりでしょ?おすそ分けしたいと思って。
電子レンジある?
お鍋で渡した方がいいかな?
黙っててびっくりさせようと思ったんだけど、逆に迷惑だったらあれかなと思って。



+++


だれがあれしない、これしない、


いつも私がしているのに、やってくれない。




「やってくれない」

「してくれてもいいのに」



というのは、私の中でものすごく連発された言葉だと思う。今までの人生。



そう思わなくていい、とある本で読んだのをきっかけに、心が軽い。




少しうさんくさそうな、きれいごと並べてそうな啓発系の本だったのだけれど、


・まずやってあげればいい

・あなたは「いつも」こう!と怒らない

・同調してあげる


などと、職場、家庭を円滑に、自分の心を円滑にしていく術が書いてあった。




今でも、ふと、思い出すと、楽になる。



楽になると言うことは、私に合っているということだ。





「してあげる」「する」「した」「したよ」


してしまえば簡単なことなのだ。


おかしいんじゃないか、と思う前にすればいい。


おかしいんじゃないかと思うのは、もっといろいろなことが起こってからでよい。




とりあえず、する。

純粋に、単純にすることを自分の選択肢の中に入れて、ふんふーん、と選んでいけばいい。




だって、時間がかかることは、慣れてしまえば時間がかからない。

ストレス溜まることも、そうならないように考え方、気持ちをコントロールすればよい。


それが、大人ではないか。




求められたら教えればいい。



回り道も、不必要な苦労も、無駄な時間も、すべて確実に自分の血肉になる。

しかも自分が予想できる範囲を超えて、肥しになる。



では、すすんでやろうではないか。




うまーく、器用に立ち回っている愛想のいい人達よ、

私は泥の中の栄養をしっかり蓄えて、スケールの広い人間になっているぞ。



視野は自分の力では広がらない。

外部からの思ってもみないできごとや、プライドや意地を捨てて素直に物事を見て、こなしていく道程に、

真新しい要素、加えて自分の成長するターニングポイントがあると思う。




それを、忘れないでやっていこう。


頭では分かっている。第一段階クリア++





ああ、お腹すいた。 うどんでも食べよっかな+











どんな言葉を掛けられたら、テンション上がる?

じゃあ例えば、仕事場で。




と、聞かれた。

山梨の甘い赤ワインを飲みながら。




「うーん、

みんなはああするけど、あなたはこうするよね、すごいね。

あなただけがこうだよ、だから必要だよ。すごいね。」



だな。




私は人から認められて、必要とされることにとても飢えている。

それが満たされるなら、給料が払われなくても、寝る間がなくとも働き続けるだろう。




それくらい、もとめている。




私のずっと追い求めてきた夢、

最近古い夢だから切り替えないと、と思い始めた夢。


それも、はまるきっかけは人から認められたことだった。

そのことについてはどこに行っても、どんな環境でも認められ、必要とされた。

スタートにどれだけ追い抜かれても、結果的には。



過去の栄光にしがみついているだけだと思っていたけれど、

大分違う。




仕事で言われてテンション上がる一言は?

じゃあ、プライベートでは?

じゃあ、夢では?

じゃあ、家族には?



・・すべて、同じコメントだった。

聞かれて、答えを言って、気付いた。同じだ。



ははあ。

私の求めているものは、それか。

確かに。


小さい頃から、

私の特性を分かった上で、私の存在を必要としてくれる環境にものすごい憧れがあった。



家庭ではなかなか実現できなかったと分かってはいたけれど、

それがいい大人になった今もこんなにも執着として残っているとは。




認められることが、必要とされることが私の生きがいだ。

欲求だ。



もう、どうにもならないことだと思う。

だから、それで、生きる。



・・危険かな。