でも、なんとなく直感的にこの人たちは本当は心の奥底で「自分が一番悪い」と、自分を責めてる人なんだろうなと感じていて。
なのに口から出る言葉は、その真逆。自分が悪いと絶対に認めない、という不思議。
が、なんとなく今日その不思議な問題が解けた気がする。
自分に自信がない人ほど、口では自分を大きく見せたがるのと全く一緒なのでは?
つまり、本当は自分が一番自分のことを責めている。そして、自分が嫌いだから、周りの人も同じように自分を嫌っていると思ってしまう。(投影してしまう)
自分が自分を責めていて、さらに周りの人もみんな自分を責めている、という世界観はとても苦しい。
だから、自分を守るために一生懸命逆のことを主張する。
私は悪くない、私に非はない、と。
少しでも自分の非を認めてしまったら、「そら見たことか」と周りに責める理由を与えてしまう、と思い込んでいる。
周りからしたら前提条件が違う(本人は周りに嫌われていると思い込んでるが実際はそんなことはない)ために、盲目的に「自分は悪くない」と言い続ける人が奇妙に見えるのでは。
そしてそれは多分、悲しいことに親子間連鎖しやすい。
つまり親が「自分が悪い」という認知の歪みを持っている場合、自分を守るために全て周りのせいにする。子供も含めて。自分の人生がうまくいかないのは、親のせい、夫のせい、子供のせい、と。
子供は物心ついたときから「あんたのせい」「あんたが悪い」と責められ続ける羽目になるため、洗脳されてそれはいつの間にか子供自身の心の声になる。「自分が悪い」「自分のせい」「自分なんか居なければよかった」と。
そして自分の認知が親の呪いによって歪んでいることに気がつかず、自分の子供にも同じことをする。
この不幸の連鎖を断つには、自分で自分を俯瞰し、歪みを直し、克服するしかない。
友達が婚活がうまくいかない理由を頑なに環境や相手のせいにしていた時の「現実を冷静に客観視できていない感」、その違和感のナゾが解けてスッキリ。案の定、彼女の母親もうちの毒母同様他罰的発言を繰り返している人だった。
わざわざこんな難ありな親を選んで困難を抱える人生を選んだのは、今となれば人一倍人の心を観察し理解するためのものだったのかもと思えるけど。
何も見えない答えのない苦しみの中にいるときは本当に辛かったし親を選んで子供は生まれるとかいう話にもむかついてた。自分の人生に一番と言っていいくらい影響を与える人が、もっとも歪んだ人だったことに憤ってきた。
でも苦しさや痛みにとことん向き合ったから分かるようになったことも数多いと思う。その分人に与えられるなにかを得た気がする。
さらに大人になり、親と正反対の、絵に描いたように「健全な心」を実現している人をパートナーにすることによって、自分の人生の課題が明確になったと思う。
心の健全さとは、愛とは、自分を大切にするとは、人生とは、生きるとは、、、生き方をそばでみてるだけで毎日学びを与えてくれるパートナー。
これが人生の決められたシナリオだったとしたら、本当によくできてると思う。
そして若干の同族嫌悪を感じてきた毒母似の友達に対しても、友達にとって良いペースで、少しずつ自分が学んだことをシェアできるといいなと思うようになった。
自分と向き合ったり客観視するのはめちゃくちゃ難しいし、結局自分自身で気づくしかないこともたくさんあるけど、少しでもその答えにたどり着くのが楽になるといいなと思う。