目に見えない漠然とした「運」という存在
どのようにしたら掴めるのか

私は運がいい
と思い込めばいい
と思い込めばいい
に努力
に努力。努力が運をもたらしてくれるのか

はたまた日頃から徳を積んでいけばいいのか
寝て待っていればいいのか

725年
聖武天皇が一つの詔勅を出されました。
奈良時代の歴史書にこう記されています。
さきわい
「災いを除き祥を祈ることは、
ゆうめい よ
必ず幽冥に憑り、
神を敬い仏を尊ぶことは清浄を先となす」
訳すると
「災いを除き、幸せを祈ることは、
目に見えない世界のお力無くしては
とても叶えられない」
つまり、幸せを祈るならば
神・仏・祖先の力をお借りしなければ
ならないと書いてあります。
見えぬ世界とは
ウソやマヤカシがない真実の世界。
そんな世界からご加護を頂こうと思うなら
目に見えぬ世界に対し
真実の愛を捧げなければ通じることはない。
人間の世界は打算の上に成り立つ事が多い。
打算のない真実の世界=「幽冥」
打算のない愛を捧げ尽くしていれば、
いつしか天に通じ神様がお力をお貸し下さる
無私の愛を捧げよう!
そうすれば自ずと道は開け、
「運」
を招き入れる事が出来る

打算のない行動が運命を開く
数日前に頂いた神様からのメッセージ














”無”になると楽になれる。















自分をなくし”無”になれた時
打算のない行動ができる
代償を求めない行動こそが
運を招き寄せる
数ヶ月も前に出会った本を
今日まで読んでいなかった事に
見えない世界の力を感じた。
買った当初に読んでいたら、
腑に落とせてはいなかった言葉。
全ての物事に
意味があるんだなぁぁぁ


