新型コロナウイルスの影響により、
今まで以上に生活に困窮するシングルマザー・ファザーの方々が増えている現状についての報道が連日のようになされている。
ひとり親家庭への支援金を始めとして、さまざまなサポートが各自治体から発信されている。
そして、改めてシングルについての意見が様々聞かれるような気がしている。
気になるのは、自己責任論だ。
随分前から、シングルマザーが生活そのものや精神的な苦しさを訴える度に、よく目にするセリフ。
「そんな旦那を選んだあなたが悪いのだから、自己責任では?」
という言葉。
旦那を選んだのは確かに本人かもしれないが、いつも論点をすり替えられているように、感じていた。
さらに必ずセットになっているのはシングルマザーに批判的な立場をとる人の冠言葉のように、「そんな元旦那も悪いと思うが」という一節。
どちらが悪いかはわからないが、明らかに夫に問題がある場合もあるとして、ただの理になっている事実。
危険で信用出来ない旦那の元に、自分が産んだ子供なんて、置いていけるわけがない。
だから貧しさ覚悟で、少なくとも安全な自分の元で育てる。
そこを自分の事のように理解できない限り、批判者とはずっと平行線なのである。
(かといって、子供達を自分より経済的余裕のある夫の元に置いてきたならば、「子供を捨てた」とばかりに、さらに批判を受ける事になるのだから)
自己責任論で相手を淘汰し、優位に立って終始合理性を述べる。
申し訳ないが、あまりに共感力・想像力が足りなすぎる。
自己責任論を展開したところで、オチはなんだろうか?
隣人の幸せを、同じ人間としての幸せを願う事は出来ないのだろうか。
まだまだ、
自分と、見ず知らずの赤の他人、
という狭い視野で世の中や、物事を捉えていないだろうか。
飢饉、戦争や、貧困。
私もその時代を生きた訳ではないが、
昔から、これまでシングルに限らず人類を脅かす恐怖や危機は幾度と無くあった。
その度に、その極地で人々は助け合ってきたのではないのだろうか?
そうして、命を繋いで来たのではないのだろうか。
世界中の人達が幸せになれるような世の中を、
純粋に、シンプルに、
見てみたいとは思わないだろうか。