梅雨入りの足音が聞こえてくると

街角で静かに、それでいて鮮やかに咲くのは紫陽花

 

青、紫、ピンク、白
まるで雨粒を集めて色をつけたような花です。

 

その葉っぱの上にカタツムリが歩いている姿は

まさに6月の風物詩そのもの。

 

とかく雨の多いこの頃ですが、

気象庁の過去30年のデータに基づいた全国平均では、

 

晴れの日は約60%、

曇りの日は27%、

雨の日は13%

なのだそうです。

 

これを聞いて、

「えっ、そんなに晴れてるの?」と思う人、

「まあ、そのくらいじゃない?」と思う人、

様々でしょう。

 

雪国の人と南方の人では感じ方も違うでしょうし、

農家の方と都会の会社員でも受け止め方は違うはず。

 

同じ空を見上げていても、

人によって見えている景色はずいぶん違うものです。

 

作家の小林正観さんはこんなことを書かれています。

 

「私たち動物にとっては、太陽が出ている時が晴れ。

でも植物にとっては、雨が降っている時が晴れ。」

 

そうですよね。

動物は太陽の光を浴びると元気になりますが、

植物は雨を浴びることで生き生きとします。

 

その正反対の命が、この地球という名の小さな星で、

支え合い、そして響き合いながら生きています。

 

正反対どうしだからこそ、

そこに循環が生まれるのかもしれません。

 

作家のひすいこたろうさんが、

伊勢神宮の神官の方から伺った話が

心に響きました。

 

神官の先輩から何度も何度も口酸っぱく言われてきたこと・・・

 

何だと思われますか?

 

それは、

 

「天気の悪口を言わないように!」

 

天気とは「天の気」。

つまり天の気持ちそのものだから・・・

 

「雨ばっかりで洗濯物が乾かないじゃない!」

「風が強くて嫌になる!」

「この暑さ、いい加減にしてよ!」

 

朝、窓を開けたとたん

ついついこんな言葉が出てしまうこともありますよね。

 

これって全部、

天に文句を言っていることになるのです。

 

でもね、

農家の方にとって、

雨が多すぎても少なすぎても困ります。

 

雪国の方にとっては、

降り積もる雪に心折れるときもあります。

 

それでも黙々と土地を耕し、

雪の中を一歩ずつ踏みしめていく人々の背中には

 

言葉では言い表せない強さと

しなやかな美しさを感じます。

 

私たちの心もお天気と同じ。

 

心が晴れ渡る日もあれば、

重い雲がかかる日だってあります。

 

ふとした瞬間に、

霧の中に舞い込んでしまったような日だってあるでしょう。

 

そんなとき、

「もっと前向きにならなきゃ」

「元気を出さなきゃ」

と思ってしまいがちです。

 

でも天だって、

晴れた日があれば、雨の日も曇りの日もあります。

それに嵐の日だって・・・

 

だったら、私たちの心が

不安でどんより重かったり、怒りでいっぱいだったりしても、

それは自然なことなのでしょう。

 

よく、

「晴れた日は葉っぱが育つけれど、

雨の日は根っこが育つ」

と言われます。

 

元気な時は外へ外へと向かって伸びていきます。

 

でも落ち込んだとき、立ち止まったときには、

誰にも見えない根っこを育てている時間なのかもしれません。

 

だから、無理に晴れようとしなくたっていい。

無理に元気に振舞わなくたっていい。

 

泣きたい日は泣いて。

曇っている日は曇ったままで。

 

天がそうであるように、

心も自然の一部なのですから・・・

 

雨の日には雨の中を
風の日には風の中を

<相田 みつを 詩人>

 

そうです、

 

空模様は選べないけど、

その中をどう歩くかは自分で選べるんです。。

 

さて、明日はどんな天気になのでしょう?

 

晴れたら、光をいっぱいに浴びて

葉を思いっきり伸ばしましょうか。

 

もし雨なら、根っこを育てるための豊かな時間と、

空気を洗い流す恵みに感謝しませんか。

 

雨上がりの空気は驚くほど澄んでいて、

いつもより遠くの景色まで見えることだってあります。

 

明日の空がどんな色でも、

その空の下で過ごせる一日に

そっと笑顔で「ありがとう」って言えたら。

 

それは、きっと天から届く小さな贈り物なのかもしれません。

 

晴れた日は晴れを愛し
雨の日は雨を愛す

<吉川 英治 作家>

 

音譜今日もお読みくださってありがとうございます。次回もよろしくお願いいたします。音譜