これといって思い浮かばないというのが実感だけど、

なんとなく、この四連休でこれまでの占いを振り返りたい気持ちがあり、

過去の記録ノートを開いた日。

そこでは、占いに関する私の今後について占った結果の、未来屋最終予想の所に、

よく11、正義が出ていたことを思い出した。

ある意味、やはり11、正義がテーマと言える1日だったのかもしれない。

 

当時は普通に市販の本で勉強していて、

逆位置だと、不当な扱いを受ける、や、尊敬できない師とトラブルなどと書かれたりしていて、

それも言葉通り、現実になっているとは思った。

 

ただし、このカードは、本来は天秤が釣り合うこと、

感情やあいまいな憶測などは剣でそぎ落とし、

客観的に観測できるもので公平・公正に判断すること、を世界観とする。

結果に対して理由が存在する、数学のような世界を意味する。

こうすればこうなる、という、なかば当然で面白みのない世界。

私が破門されたのも、理由は想定できる。

そしてなにより、現状、霊感・霊視という“不思議なもの”として売り出されていることが多い“占い”という市場において、

確かに私は、“不思議なもの”を前面に出さないで勝負しようとしているかも、と思った。

 

それでいいし、このカードの世界観通り、

努力したなりの結果も、なんだかんだ得ていると思った。

そういうのを、正直な目で見る。

見たくないものも見ることができないと、客観的っていう視点を持てない。

ダメだったところはダメ、効果的だったことはコレ、

良い悪いの評価軸は置いといて、剣で切り分ける。

 

ウェイト版では、神秘主義の観点から、22枚の真ん中のカードとして、

過去と未来の中間地点で、これまでの自分の行いを計る、みたいな意味があるって読んだ気がする。

 

同時に、占いをするのに頭でっかちすぎる、ってことも意味するな、と思った。

もっと「女帝」みたいに生み出したい、「女司祭」みたいに自分の感覚を研ぎ澄ましたい。

もっと「太陽」したい。

うん、確かにこれまでと今後を天秤で計るみたいでもある。

 

ひとまずそんなところで。