こんにちは。


PLUG内田です。

語ってもキャバクラでモテないウンチクの時間がやってきました(笑)

今回は私も少し知ってましたがこんなに細かくはやはり知りませんでした!


最初から読みたい方は


第一章ジーンズの誕生


第二章ジーンズとカウボーイ


第三章40年代戦争と戦後・戦時下の物資統制下とジーンズ


■マーロン・ブランドとジェームズ・ディーン
戦後のジーンズの普及


戦後、戦勝国となったアメリカは世界一の経済大国になりました。


そして、そのアメリカの文化が世界に普及することになったのです。その中にはジーンズも含まれていました。

ジーンズの普及に、戦後、海外に派遣されたアメリカ軍の兵士たち(G.I.)が貢献しました。

リーバイスの「501」を穿いたG.I.は、まさにジーンズの広告塔であったのです。

マーロン・ブランドと不良たち
そして、ハリウッドの映画も黄金期を向かえます。


その中には、それまでのスターとは違う、新しいスターの形が誕生しました。

その代表の一人はマーロン・ブランドです。


マーロン・ブランドは、エリア・カザン作の『欲望という名の電車』(1951)で主役に抜擢され、ワイルドでセクシーで、なおかつ危ない、不良的なキャラクターを演じました。


そして『乱暴者(邦題:あばれもの)』(1953)では暴走族のリーダーを演じます。マーロン・ブランドはこの映画の中で初めてジーンズを着用しました。

この映画は、バイクに乗った不良たちがホリスターという小さな町で暴れ、社会問題として取り上げられた「ホリスター事件」をモデルに描かれています。

このバイクに乗った不良というのは、戦争から帰ってきた帰還兵たちであることが多かったようです。


彼らは、戦後アメリカに帰還して、革ジャンとリーバイスの「501」を身に着け、バイクにまたがったのでした。

マーロン・ブランドは、黒の革ジャンと、黒いブーツ、そしてジーンズという格好で登場し、バイクを乗り回して暴れます。

マーロン・ブランドの演じた不良は、それまでのスターよりも暴力的で、若者的といえるものでした。


大人たちは、このジーンズを穿いた不良たちに眉をひそめ、自分の子供にジーンズを穿かせようとしませんでしたが(アメリカ東部の学校ではジーンズの着用が禁止されていたところもありました)、若者たちはジーンズに魅了され、こぞってジーンズを買い、穿くようになったのです。

ジェームズ・ディーン
ジーンズを穿いた映画スターと言えば、マーロン・ブランドと、もう一人ジェームズ・ディーンがいます。


ジェームズ・ディーンは、『エデンの東』(1955)で初主演をし、この作品で認められスターとなりました。


そして、つづく『理由なき反抗』(1955)では、大人や社会に対して反抗する若者を演じます。


この『理由なき反抗』の中で、ジェームズ・ディーンは、Leeの「101ライダース」を着用しました。


リー「101ライダース」を穿いたジェームズ・ディーン演じるジムは、それまでの時代になかった“「若者」という存在”を世間に見せつけました。


それまでの社会では「大人」と「子供」の二種類がいて、「子供」は「未熟な大人」であると認識されていたのです。

そしてこの映画はもう一つ、反抗児や不良が、必ずしもスラム街や貧しい家庭環境などから生まれるものではなく、ごく普通の一般家庭からも生まれるものであることを表しました。

ナイーブで傷つきやすい若者に、映画の鑑賞者である若者たちは共感し、また熱狂し、リーの「101ライダース」も、リーバイス「501」と同じく、若者たちの人気を得ることになったのです。

タイアップはこの辺から生まれたんですかね?

しかし、マーロン・ブランドとジェームズ・ディーンはカッコイイですね!

80Sですがリバーフェニックスは中々好きでした!

お金をあげて買って貰う企業も出て来た昨今。


歴史あるものの価値をしょーもないもんで崩して欲しくないですね!

今ジーンズの技術は日本の児島が世界一といわれています。


名だたるメゾンブランドが視察に訪れるくらい技術はぴか一です。


しかしこのままだと日本が誇る技術は衰退していくでしょう。


安さもいいと思います。


しかしどこよりも本物を身にまとえる国に住んでいるのにもったいない気がします。


ここでCM


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時代を経ても変わらないもの。


それが本物だったりします。


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