盆暮親爺(ぼんぼおやじ)の Bon Bon Voyage -20ページ目
Facebookにて、2019/1/11に田口玲子さんが
投稿されたものです。

助けていただいた恩に、
自分は報いられているだろうか…
見につまされるお話。

とても素敵なエピソードです。

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大学を出てしばらくして、駆け出しの編集者だったころ(あ、昔は編集者だったんです)、
お金が本当になかった。
どのくらいないかというと、日給5500円で一日23時間働いて、
かつ昼食に食べる配達弁当代を引かれる・・・上に都内に一人暮らし。お財布に3000円以上入っていることはほとんどなく、さらにそのお金も取材費や交通費として出て行く。
 地獄の編集プロダクション下っ端暮らし、でした。
思えば、会社の掃除ロッカーにうずくまって仮眠を取る日々だから、家なんて借りなくても収納用トランクルームでも借りておけば事足りたんじゃないかという説もありますが、なぜか家賃6万なにがしか支払っておりました。
 そうやって、文字通り、小銭を数えるようにして暮していたわけです。
 お金がないから、美容室などにも行けず、整髪は街頭のキャッチでひっかけられてのカットモデル。深夜の新人研修で(思えば、美容師さんたちも、昔は夜中に練習してたんですね)、パーマをあてられすぎ、エマニエル坊やか賭博場の主かという、アフロともパンチパーマともつかぬスタイルにされたこともありました。
 そんなある日。世田谷の奥へ取材の予定が入りました。経営母体が違う電車を乗り継ぐと、お金がかかる。調べた結果、渋谷からバスが、一番お金がかからない。
 迷わずバスを選択。しかし、大量のバスが一時に発着するターミナル駅での乗り間違えは断固避けたい。なぜならお金がないから!(世田谷はバス網が発達してるので、お金さえあればリカバリは可能)ということで、案内所のオバサンに「●●まで行きたいんですが!」と確認して、バスに乗り込む。手持ちの百円玉を握りしめ、計算上では、往復しても200円余るからと、近くの売店であんぱんと牛乳を購入。なにがなくとも牛乳を飲め、タンパク質とカルシウムと脂質を補給するんだと親にすり込まれている。そして、おなかが減っている。
 最初のうちは、すこし幸せな気持ちであんパンをかじり、牛乳を飲み、世界の車窓からのテーマソングを口ずさみ・・・。寒い冬の日でしたが、おなかが満たされれば、なんとなく心は軽くなるものです。たとえ外が木枯らしで、曇天で、憂鬱な天気でも。私にはパンと牛乳がある♪
 このとき、私はすでに、案内所のオバサンの適当な案内の罠にはまっているとはまったく気がついていませんでした。
 そう、人生ってそう簡単には済まないもの。だんだん様子がおかしくなってきたのは、乗車後25分を経過してから。乗客はみるみる減り、とうとう、おばあさん一人と私だけに。そして、窓の外も、年季の入った一軒家ばかりが建ち並び、とても取材先の会社などありそうにも思えない印象。あろうことか、畑などもチラホラと現れはじめました。 
 運転手さんも薄い唇を引き結んだまま、バックミラーでチラリ、チラリとこちらを確認している様子。
そして、とうとう最後のおばあさんが腰をかがめて停留所におりたったあと、運転手さんはおもむろにこちらを振り返り、こう尋ねました。
「お姉ちゃん。次、終点だけど、大丈夫なの?この車、車庫に入っちゃうよ?」

 一瞬で、頭が真っ白になりました。
・・・いったい、私の取材ハグルマはどこで狂ったのでしょう。

「え、えと、●●っていう停留所で降りようとおもったんです。私、通り過ぎましたか?」

運転手さんは、じっと私の顔を見て、首を横に振りながら、ため息をつきます。そして、こう言いました。

「多いんだよね、間違う人。この車は車庫行きなんだけど、この二つ手前の停留所で、右と左に道が分かれてて、もう少し先に行く人は、右に曲がる路線に乗るの。途中まで行き先が一緒だから、紛らわしいんだよね。」

「・・・」

「つまり、お姉ちゃんは
間違った路線に乗っちゃったんだよ。」

「え・・・あの、案内所のオバサンにも確認したんですけど・・」

「オバサンも勘違いしてたのかな。路線いっぱいあるからね。
でも、お姉ちゃんの行きたいバス停までは、終点からタクシーで乗っても初乗りくらい。それかもう少し待てば車庫から来たバスに乗れるから、停留所をふたつ戻るか。この先の通りを右に突っ切って5分も歩けば、●●に行く違うバス路線に乗ることもできる。」

「・・・」

「あと30秒でさ、停車時間終わりだから、出発しちゃう前に、決めてよ」

貧乏とは怖いものです。
そして、寝ていないと心がむしばまれます。
体力と気力と財力がどれもなくなった瞬間、
その瞬間、心が決壊してしまいました。

タクシーで行けば、取材時間には間に合いますが、そんなお金はありません。
バスに乗って戻るとしても・・・時間がかかる上に余分なお金はありません。さっき、なけなしの200円でパンを食べてしまいました。帰りのバス代しかないので、乗り直しもできません。帰りを徒歩にするならできますが・・・徹夜続きのうえに、別の原稿の入稿時間も迫っています。
案内所のオバサンめ、適当教えやがって!と他人のせいにするのは簡単です。が、では自分は行き先を運転手さんに事前に確認したり、路線図を入念に見直したり、そういうことはできたのではないか。そんなこともせずに、のんきにパンをかじってたのはどこのどいつか・・・私です。いっそこの場で、この横にある畑に堆肥とともにしずんで消えてしまいたい。。。

瞬間的鬱、というのはこういうことを言うのでしょう。世の中はすべて私に背をむけて流れて行っているかのように感じ
涙が止まらず、口をきくこともできず。

当然、30秒で決めろと言われた進退の決定もできません。

情けないことに、
乗客のいないバスのなかで、
私は、ただ、しゃくり上げ、立ちすくみ・・・

おそらく、一番びっくりしたのは運転手さんです。

次は終点だと伝え、間違った道をリカバリする方法を親切に教え・・・たのにも関わらず、
その相手は急に泣き出し(それも号泣)、
具体的には何も動かず。

「どうしたの!」
と慌てた顔で、帽子をずらして顔をのぞき込みます。

「案内所でおばさんにきいたのに。確認すればよかった。お金もない。時間もない。取材に間に合わない。パンを食べることもできない。なぜ私は牛乳を飲んだ?」と途切れ途切れに泣きながら口をひらくレイコ22歳。

途切れ途切れの言葉に、だまって耳を傾けていた運転手さん。どうやら切羽詰まっていることと、余分な200円すらないということは伝わったみたいで、全身にお金がない悲壮感を漂わせている私を困ったように見つめ、、次にうつむき・・・。
しかし、突然、唇をキリキリとかみしめて顔を上げました。

「お嬢さん、捕まってな!」

突然、バスのギアを入れ、アクセルを踏み込み、急発進しました。
ハッキリ言って、トトロの猫バスより運転荒いです。いったいなにが起こったのか。考える余裕もないくらい、細い小道をバスが猛スピードで右にまがったり左に曲がったり。

ああ、もしや私が泣いてしまったせいで、路線の運行時刻に影響を与えてしまったのか。そう思った私は必死で吊革につかまり、
運転手さんにも申し訳ないことをしてしまった・・・とさらに自分のふがいなさを嘆いて気分は沈むばかり。

ところが!

「お姉ちゃん!着いたよ! ここで降りて、次にくるバスに乗れば、●●に着くから!!!あ、これ乗り換え票、これ持ってたら次の路線はタダで乗れるから!」

運転手さんが目指したのは、終点の車庫ではなくて
私が乗るべき隣のバス路線の停留所。

「じゃ、車庫に早くもどらないと!遅延になっちゃうから!」

御礼をいう間もなく、バスの扉が閉じそうになります。

「あ、あの、ありがとうございます!」
かろうじて、そう叫びました。

閉じるバスの扉の向こうで
運転手さんは、御礼をの言葉をふりほどくように、片手を振りました。

「御礼なんていらん。俺のおせっかい。
頑張って!いい仕事してくれな!」

そして、
バスってこんなにスピード出るんだ・・・

という速度で遠ざかって行きました。

あの車体で大人数を運ぶわけですから
エンジンはそりゃ馬力があるわけで、、空だとすごい早いんですね。

いまでも、
困ったとき、つらいとき、もう顔も忘れちゃいましたけど
最後に片手を振って、
言われた言葉を思いだします。

私は、今、あのとき受けた厚意に値する人間であるかどうか
仕事にまっすぐ向き合えているのかどうか

きっと規則違反だと思うので、
具体的な路線名もバス会社名も書きません。

地域も・・・そのままかどうかは想像にお任せします。

人がいて、人に生かされている。
ありがたい限りです。