世界一貧乏な大統領
http://m.ameba.jp/m/blogArticle.do?unm=cowshow&articleId=11324801338&frm_src=article_articleList&guid=ON
タロットリーダーさんのブログから転載。
是非お読みください 「リオ会議でもっとも衝撃的なスピーチ」
環境の未来を全世界で決めて行く会議
「リオ会議」で、世界で最も「貧乏」な大統領と言われている
ムヒカ大統領のスピーチです
日本のマスコミ、メディアではこの重要スピーチは
一切取り上げられなかった そうです
日本人に知ってもらいたいと
ある方が翻訳されました
私たちは、この問題に真剣に取り組まなければ
間に合わない時期に来ているのです
facebookに掲載されておりましたものを
ご紹介させていただきます
是非、ご覧下さい
http://hana.bi/2012/07/mujica-speech-nihongo/
スピーチの中にも出てきますが
「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、
無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」
今の社会を象徴している言葉だとおもいます
転載終了。
以下URL先のムヒカ大統領のスピーチの日本語翻のみ
転載します。
ムヒカ大統領のリオ会議スピーチ: (訳:打村明)
会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。
ここに招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って演説した快きプレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。
しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?
質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。
息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億~80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?
なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?
マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。
私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?
このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?
このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。
現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。
ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。
このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。これはまぎれも無く政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。
石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。私の謙虚な考え方では、これは政治問題です。
昔の賢明な方々、エピクロス、セネカやアイマラ民族までこんなことを言っています
「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」
これはこの議論にとって文化的なキーポイントだと思います。
国の代表者としてリオ会議の決議や会合をそういう気持ちで参加しています。私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。
根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということ。
私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、1300万頭の世界でもっとも美味しい牛が私の国にはあります。ヤギも800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。
私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために戦いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。なぜか?バイク、車、などのリポ払いやローンを支払わないといけないのです。毎月2倍働き、ローンを払って行ったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。
そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ:発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。
幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。
ありがとうございました。
転載終了。
タロットリーダーさんのブログから転載。
是非お読みください 「リオ会議でもっとも衝撃的なスピーチ」
環境の未来を全世界で決めて行く会議
「リオ会議」で、世界で最も「貧乏」な大統領と言われている
ムヒカ大統領のスピーチです
日本のマスコミ、メディアではこの重要スピーチは
一切取り上げられなかった そうです
日本人に知ってもらいたいと
ある方が翻訳されました
私たちは、この問題に真剣に取り組まなければ
間に合わない時期に来ているのです
facebookに掲載されておりましたものを
ご紹介させていただきます
是非、ご覧下さい
http://hana.bi/2012/07/mujica-speech-nihongo/
スピーチの中にも出てきますが
「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、
無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」
今の社会を象徴している言葉だとおもいます
転載終了。
以下URL先のムヒカ大統領のスピーチの日本語翻のみ
転載します。
ムヒカ大統領のリオ会議スピーチ: (訳:打村明)
会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。
ここに招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って演説した快きプレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。
しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?
質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。
息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億~80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?
なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?
マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。
私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?
このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?
このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。
現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。
ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。
このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。これはまぎれも無く政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。
石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。私の謙虚な考え方では、これは政治問題です。
昔の賢明な方々、エピクロス、セネカやアイマラ民族までこんなことを言っています
「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」
これはこの議論にとって文化的なキーポイントだと思います。
国の代表者としてリオ会議の決議や会合をそういう気持ちで参加しています。私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。
根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということ。
私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、1300万頭の世界でもっとも美味しい牛が私の国にはあります。ヤギも800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。
私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために戦いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。なぜか?バイク、車、などのリポ払いやローンを支払わないといけないのです。毎月2倍働き、ローンを払って行ったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。
そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ:発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。
幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。
ありがとうございました。
転載終了。
江戸川花火大会
8/4 土曜日に行われました江戸川花火大会をみにいってまいりましたp(^^)q

秋葉原から都営新宿線にのったのですが、
駅につきホームから改札まで人がぎゅうぎゅうなのです。不安になるぐらいの混雑で駅から外にでられるのか、会場にたどりつけるのか......
駅から外に出たあとは比較的スムーズに会場まで辿り着けました^^
屋台?で氷がしきつめられた上にきゅうりが串にささって売られていて
美味しそ~(*^_^*)って
食べてる人を羨ましがりながら
会場に辿り着けました。

青々とした草と虫たちの踊る土手に座って打ち上げられる花火をみておりました。
上がっては消え
上がっては消え
発光している時間はほんとに一瞬で、また消えてゆく様が美しい。
この、一瞬で散りゆく華のために長い年月をかけて新しい色や形を生み出してゆく方の情熱とその姿を想像すると より一層美しく見えました。

川に浮かぶ船の明かりも
水面に反射してうつる光も
月もとても大きく、朱さしたようで幻想的でした。
今度はお祭りにいきたいですね(v_v)

秋葉原から都営新宿線にのったのですが、
駅につきホームから改札まで人がぎゅうぎゅうなのです。不安になるぐらいの混雑で駅から外にでられるのか、会場にたどりつけるのか......
駅から外に出たあとは比較的スムーズに会場まで辿り着けました^^
屋台?で氷がしきつめられた上にきゅうりが串にささって売られていて
美味しそ~(*^_^*)って
食べてる人を羨ましがりながら
会場に辿り着けました。

青々とした草と虫たちの踊る土手に座って打ち上げられる花火をみておりました。
上がっては消え
上がっては消え
発光している時間はほんとに一瞬で、また消えてゆく様が美しい。
この、一瞬で散りゆく華のために長い年月をかけて新しい色や形を生み出してゆく方の情熱とその姿を想像すると より一層美しく見えました。

川に浮かぶ船の明かりも
水面に反射してうつる光も
月もとても大きく、朱さしたようで幻想的でした。
今度はお祭りにいきたいですね(v_v)
東京の御伊勢様
先日、東京大神宮にいってまいりました^^
飯田橋からすぐ近くなんですね!はじめてだったのですが
突然鳥居が現れ、こんなところにあったんだ!
っと違和感が…。

恋愛の神様として知られているためか
圧倒的に女性が多いですね~
かくゆう私も女でありますが…

友人と良いご縁がありますようにとお願いし、おみくじをひきました。
恋愛はまずまずといったとこでしょうか…
しかしながら
おみくじにかいてある
相性の良い方の特徴は
私の今まで付き合わなくとも
素敵だなぁと感じた方々の特徴にバッチリあてはまっていて、友人のものもそうでしたので二人で鳥肌をたててしまいました!
凄いですね~
ちなみに
普通のおみくじは大吉でした
なんと~!
何かいいことがありますね^^
夏休みは御伊勢様に
お伺いしたいと思います
今日もありがとうございました。
飯田橋からすぐ近くなんですね!はじめてだったのですが
突然鳥居が現れ、こんなところにあったんだ!

っと違和感が…。
恋愛の神様として知られているためか
圧倒的に女性が多いですね~
かくゆう私も女でありますが…

友人と良いご縁がありますようにとお願いし、おみくじをひきました。
恋愛はまずまずといったとこでしょうか…
しかしながら
おみくじにかいてある
相性の良い方の特徴は
私の今まで付き合わなくとも
素敵だなぁと感じた方々の特徴にバッチリあてはまっていて、友人のものもそうでしたので二人で鳥肌をたててしまいました!
凄いですね~
ちなみに
普通のおみくじは大吉でした
なんと~!何かいいことがありますね^^
夏休みは御伊勢様に
お伺いしたいと思います

今日もありがとうございました。