市場の誤解とその構造


米国株投資において、「VIX=恐怖指数」という言葉はあまりに有名だ。しかし、この表現は正確ではない。

本稿では、VIXの本当の意味、暴落との関係、オプション市場の構造、そしてかつて破綻したETP(上場投資商品)の事例まで、事実に基づいた視点でまとめる。





VIXは「恐怖」ではなく「期待される変動率」

VIX(Volatility Index)は、Chicago Board Options Exchange(CBOE)が公表する指数で、S&P500オプションの価格から導き出される「今後30日間の予想ボラティリティ(変動率)」を数値化したものである。

つまりVIXは、「将来、S&P500がどれくらい上下に動きそうか」を示す指標であって、“恐怖”という感情を直接測っているわけではない。


この予想変動率は、インプライド・ボラティリティ(IV:Implied Volatility)と呼ばれ、オプション価格に内在する“期待値”を数学的に抽出したものに過ぎない。たとえば、VIXが20であれば、年率で±20%の価格変動が市場から予想されているという意味になる。



VIXが下がっても、暴落は起こりうる

一般的に「VIXが高い=市場の不安が強い」「VIXが低い=安心している」と解釈されることが多い。

しかし、VIXが低下しているからといって、相場が安定しているとは限らない。むしろ「嵐の前の静けさ」として、極端に低いVIXの後に急激な暴落が発生するケースもある。


たとえば2018年2月に起こった「ボラティリティショック」では、VIXが長期間10〜12という低水準を維持していた直後、突如として40を超える急上昇を記録し、S&P500は数日で10%以上下落した。このとき、VIXの上昇は「結果」ではなく、事前に仕込まれていた取引が引き起こした「引き金」だった。



誰がVIXを動かしているのか

VIXはオプション市場のプレイヤー、特にVolatility Traders(ボラティリティ・トレーダー)の売買によって形成される。


彼らは、価格の上げ下げそのものではなく、“価格が動くかどうか”に対して投資する。

VIXはS&P500オプション(特に「プットオプション」)の価格をベースに計算されるため、投資家の「下落への保険需要」が強まるとVIXが上昇する。


また、大口トレーダーやマーケットメイカーは、オプションの売買にヘッジを伴うポジションを構築するため、一部の動きが連鎖的にVIXの変動を加速させる構造がある。

つまり、VIXは感情というより、「保険料」の総合的な水準と考えたほうが実態に近い。




XIV事件

2018年2月5日、Credit Suisseが提供していた上場投資商品「XIV(VelocityShares Daily Inverse VIX Short-Term ETN)」が1日で約93%の暴落を記録し、翌日には上場廃止された。


このETNは、VIXの下落に連動して価格が上昇する“逆張り型”の商品で、多くの個人投資家が保有していた。VIXが長期間にわたり低水準で推移していたため、「VIXは下がり続ける」と信じていた投資家たちは、その構造リスクを理解しないまま、極端なポジションを持っていた。


問題は、VIX自体が「指数」であり、実際の先物やオプションでヘッジを行わなければ、その指数に連動する商品は非常に不安定になるという点だ。

XIVはその代表例であり、VIXが短時間で急騰すると、価格が理論的に破綻水準に到達し、清算される仕組みだった。



VIXは市場の「構造的圧力計」である

結論として、VIXは「恐怖指数」というより、オプション市場全体の「構造的な圧力計」である。


  • プットオプションの保険料が高くなれば、VIXは上昇する
  • 市場参加者が「リスクが低い」と感じてヘッジを外せば、VIXは下がる
  • だが、その低さが必ずしも安心を意味するわけではない



VIXが教えてくれるのは、「今この瞬間、市場参加者がどれほどのボラティリティを織り込んでいるか」であり、それは不安や恐怖と重なることもあれば、逆に油断と楽観が織り込まれていることもある。





VIXを「理解する」ことが市場を読む第一歩になる

米国市場において、VIXは“投資家の感情を数値化したもの”というより、“オプション市場に反映された保険料の集合体”である。

その意味を理解することは、株式市場の真の力学を知るうえでの入口となる。


株価の値動きだけでなく、「なぜその動きが起きたのか」「何が予想されていたのか」を読み解くには、VIXの背景を知っておく必要がある。

米国株市場がどれほど高度に構造化され、デリバティブによって動いているかを知ることで、投資家はより深く、より冷静に市場を見ることができるようになるだろう。