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※ 今回、美智代さんや板垣さんなどの紙技で、いきなりブラジル転勤になった、改革の中心の「×りりょう×いさん」、「ど×んゆ×かさ」他のみなさん、頑張ってください。PLが再生するように努力します。しかし、「も×りょ×せいさん」は、中心の人なのに・・・

[前回まで・・・]
いつも笑顔で、「はいはい」と言われる素直で優しい橋本光子先生は、PL会員の母であり、自分の姉である影身祖
様を40年間支え続けました。しかし、相手は奥津城から二代様の遺骨を盗み、遺骨を入れないで粗末にしていな
がら、毎月の21日(感謝祭)や、芸生新聞で「二代様に感謝・先祖に感謝」など良心の呵責ゼロで、平気で嘘嘘
嘘をつく相手に、毎日のように自宅に恫喝を受け、橋本光子先生は色々な教会に手紙を送り助けを求めました。
つづきはここからです。
非道な側の人達から「手紙を開封せずに捨てよ」という命令を受け取った教師ですが、
多くの教師は中身を見て、何もせず捨てました。
しかし、中には連絡を取り合ったり、白日先生に連絡する教師もいました。
白日先生は、自分のブログhttp://ameblo.jp/mikikinenkan/にその手紙を載せました。
私も、その白日のブログで知ることとなりました。
しかし、教師も会員も私も、正直そのときは恐ろしく、又、何をしたらいいのか
戸惑い、困り、誰に伝えても同じような反応でした。
橋本光子先生の、家族親族のみなさんは、その何十倍もの恐怖と戸惑い不安であったと、
情けないことに、今になって思います。
何か出来たはずです。
実際に、今現在ですら、実名で直接教団に色々な回答を迫る人は殆どいなく、私ですら、ブログに実名を出す準備
をしていますが、相手が相手だけに、慎重になります。これは、ほぼ全員に言えることですが、ありがたいことに、
私はメールをよくいただきますが、メールでさえも実名を伝えるのは少し待って欲しいなどが普通で、ブログに実
名を出すのは、恐くて無理という考えとなってしまいます。確かに、オウムの例を出すまでもなく、事件となる可
能性が多大にあります。

平成20年10月17日(2008)・・・×本コウイチ氏、橋本光子先生宅訪問。出て行って欲しいと橋本光子先生に訴える。
平成20年10月18日(2008)・・・板垣真光(教団弁護士)・○本寿紀(総務部長)が橋本光子先生宅に上がりこみ、大声で出て行けと恫喝。
ちょうどその恫喝訪問時、運良く知人の弁護士から橋本光子先生へ電話が入りました。
その場で、板垣真光(教団弁護士)と電話をかわり
「あなたのしていることは、懲戒処分となることではないのか?即刻出て行きなさい。」
とたしなめられたため、丸×寿紀(総務部長)と退散しました。
この事件は、完全な証拠と証人がいるということです。
平成20年10月18日夜(2008)・・・OOOさんが橋本光子先生と話す。「いきなり家に勝手に上がりこんで怒鳴られて食事もこわくて出来ない。こんな追い出し訪問はいつになったらやめてくれるのかな」と、泣きながらの相談を受ける。ストレスのための疲れがみてとれる。
平成20年10月20日(2008)・・・橋本光子先生、追い出しを受ける中、死去。
遺族は、板垣真光に亡くなった報告をしに行きましたが、終わったのではなく、
ここからが橋本家に対する、いやがらせは全く終わらなかったのです。
つづく

※アメンバー、読者、メール大募集しています。
※ 今回、美智代さんや板垣さんなどの紙技で、いきなりブラジル転勤になった、改革の中心の「×りりょう×いさん」、「ど×んゆ×かさ」他のみなさん、頑張ってください。PLが再生するように努力します。しかし、「も×りょ×せいさん」は、中心の人なのに・・・
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いつも笑顔で、「はいはい」と言われる素直で優しい橋本光子先生は、PL会員の母であり、自分の姉である影身祖
様を40年間支え続けました。しかし、相手は奥津城から二代様の遺骨を盗み、遺骨を入れないで粗末にしていな
がら、毎月の21日(感謝祭)や、芸生新聞で「二代様に感謝・先祖に感謝」など良心の呵責ゼロで、平気で嘘嘘
嘘をつく相手に、毎日のように自宅に恫喝を受け、橋本光子先生は色々な教会に手紙を送り助けを求めました。
つづきはここからです。
非道な側の人達から「手紙を開封せずに捨てよ」という命令を受け取った教師ですが、
多くの教師は中身を見て、何もせず捨てました。
しかし、中には連絡を取り合ったり、白日先生に連絡する教師もいました。
白日先生は、自分のブログhttp://ameblo.jp/mikikinenkan/にその手紙を載せました。
私も、その白日のブログで知ることとなりました。
しかし、教師も会員も私も、正直そのときは恐ろしく、又、何をしたらいいのか
戸惑い、困り、誰に伝えても同じような反応でした。
橋本光子先生の、家族親族のみなさんは、その何十倍もの恐怖と戸惑い不安であったと、
情けないことに、今になって思います。
何か出来たはずです。
実際に、今現在ですら、実名で直接教団に色々な回答を迫る人は殆どいなく、私ですら、ブログに実名を出す準備
をしていますが、相手が相手だけに、慎重になります。これは、ほぼ全員に言えることですが、ありがたいことに、
私はメールをよくいただきますが、メールでさえも実名を伝えるのは少し待って欲しいなどが普通で、ブログに実
名を出すのは、恐くて無理という考えとなってしまいます。確かに、オウムの例を出すまでもなく、事件となる可
能性が多大にあります。
平成20年10月17日(2008)・・・×本コウイチ氏、橋本光子先生宅訪問。出て行って欲しいと橋本光子先生に訴える。
平成20年10月18日(2008)・・・板垣真光(教団弁護士)・○本寿紀(総務部長)が橋本光子先生宅に上がりこみ、大声で出て行けと恫喝。
ちょうどその恫喝訪問時、運良く知人の弁護士から橋本光子先生へ電話が入りました。
その場で、板垣真光(教団弁護士)と電話をかわり
「あなたのしていることは、懲戒処分となることではないのか?即刻出て行きなさい。」
とたしなめられたため、丸×寿紀(総務部長)と退散しました。
この事件は、完全な証拠と証人がいるということです。
平成20年10月18日夜(2008)・・・OOOさんが橋本光子先生と話す。「いきなり家に勝手に上がりこんで怒鳴られて食事もこわくて出来ない。こんな追い出し訪問はいつになったらやめてくれるのかな」と、泣きながらの相談を受ける。ストレスのための疲れがみてとれる。
平成20年10月20日(2008)・・・橋本光子先生、追い出しを受ける中、死去。
遺族は、板垣真光に亡くなった報告をしに行きましたが、終わったのではなく、
ここからが橋本家に対する、いやがらせは全く終わらなかったのです。
つづく

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