1年前の12月初旬頃・・・だったと思う。
まずは、一番現在に近いところから。
あ、西船橋に来てからの一年間はまた後で。
とある日、家でゴロゴロしていたら小野寺さんから1通のメール。
「お前、3月で家の契約切れるよな?引っ越すの?」
ん?別に今の家も不自由ないし、川口も綺麗なところで住みやすいし特にそんな予定はなかった。
ふと考えると川口に来てまるまる2年が経とうとしていた。
そもそも川口に来たのも、両親が埼玉に住んでいるから埼玉ということと、
赤羽付近の駅なら何かと乗換えに便利であろうということだけだった。
住みはじめた頃は、特になんの感想も何もない町だったけれど、
約2年、住んできて川口が好きと言えるくらいまでになっていた。
家も駅からダッシュで1分だし。
それに、この川口で社会人になり、耐えられないほどの(世間的にはよくある)絶望を味わい、
そこからなんとか這い上がって、少しずつ人間的にも強く成長して、友達も増えた。
今の自分があるのはこの町に住んだからと言っても過言ではない。
もちろん、小野寺さんと知り合ったのも川口に来てからだった。
引っ越すつもりは無い旨を伝えると、
「そうか・・・。」と。
なんすか。
日常はと言えば、仕事は軌道に乗ったものの、休日は相変わらず最悪な生活送っていた。
スロットを打ちに行き、負ける。ATM。負ける。ATM。
覚えているのが、スロットで負けすぎてお金が無さ過ぎてその頃は本気で自炊をしていた。
自炊しなかった場合、仕事に買っていく飯代=カップヌードル、おにぎり×2、ガムで1回約500円。
とてもその頃の自分に払える余裕はなかった。
家の目の前に大型スーパーがあることもあり、とにかく安い食材を買いあさった。
タッパーにごはんを敷き詰め、買ってきた肉と野菜を炒めて盛るだけ。
それとスーパーで買うと比較的安いスープものを持っていく。
1食約200円くらいだっただろうか。
とにかくお金が無かった。
そんなこんなで年が明けて2011年。
この年も年末は夜勤だったのであまり覚えていない。
1月初旬、小野寺さんから見覚えのあるメール。
「引っ越す気ないの?」
・・・・・。
「ないです。なんで?」と、返して間もなくまた返信。
「ウチもぼちぼち2月で契約切れるんだけど、一緒住まない?」
あ、あーー。なるほど。そゆことね。
・・・・・んえ?まじですか?
あー楽しそう!あーでもねー?
・・・・・・・・・・・・・・。
ほぁ
つづく!