今日はさざえ(♀の子、推定5~6歳)の紹介です。さざえは4年ほど前、Dにゃんが独身時代に、里親さんからもらってきた猫ちゃんです。

$Dnyan&Milkyの日記


Dnyan&Milkyの日記


もらってきた当初は、人見知りさんなのか、なかなかスキンシップをとることができなかったようですが、Milkyと3匹の猫たちと同居するようになってからは、だんだんあまえんぼさんキャラを炸裂させるようになって、今では「にゃっほ、にゃっほ~!」(飼い主には「だっこ、だっこ!」とせがんでるように見える)と、べたべたになってしまいました。

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体は一番大きいのですが、一番あまえんぼで、他の猫にいじめられちゃうときもあります。でもその見た目と性格のギャップが、飼い主にとってはたまらなくかわゆいのです。
うちには4匹の猫がいるのですが、今日はその中のペレ(♀の子9歳)について書いていこうと思います。
彼女は2001年の夏頃に生まれたもよう。知り合いのお店の裏のガレージで、半野良状態だったようです。しかっし、あまりにも人なつこくかわいすぎたので、Milkyはこの時、猫を飼う一大決心をし、この小さい子をつれて帰ったのでした。

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それから次から次へとぬこが我家にやってきて、今では4にゃんずです。
ペレは他の猫たちに邪魔されず、一人でゆっくりできる洗面所が大好きです。そしてなぜか彼女は「足フェチ」なのです。いつでもどこでも足を差し出すと、ごろごろ喉を鳴らしながら、駆け寄って来ます。



あと洗面台でお湯を飲むのも好きです。



うちのリーダー猫として、毎日パトロールご苦労様です、ペレちゃん(^_-)☆
先日Milkyの?回目の誕生日に、「幻想の国のアリス」というお店で食事してきました。
入り口を入ると、薄暗い照明の中を、アリスのコスプレをした店員さんが、テーブルまで案内してくれます。そしてテーブルにつくと、「アリスのティーパーティへようこそ!」と、迎えられます。ちょっとしたディズニーランド気分です(^∇^)。

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料理はコースを予約していたのですが、かなり少なめだったです(x_x;)。でも、最後に出て来た誕生日用のプレートが豪華で、おなかいっぱいになりました(≡^∇^≡)。
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アリスな店員さんたちに、誕生日の歌までうたってもらえて、満足なBirthdayを過ごせました(///∇//)。
(By MIlky)
1962年 監督:デビッド・リーン 
この映画は以前、DVDで見たことがありましたが、スクリーンで見たい映画の上位3つに入る映画で、今回映画館で見れるのを楽しみにしていました。
舞台は1916年、第一次世界大戦中。主人公トーマス・エドワード・ロレンスは、トルコ軍からのアラブ反乱を率いた、イギリス軍人。でもなんだか一般的な英雄像とは、少々違う匂いがする男だ。彼はその冴えわたった頭脳と幸運を活かし、強大なトルコ軍を追いつめてゆく。そしてトントン拍子に出世して、ロレンスの武勇伝的な感じで話が展開してゆくのかと思いきや、なにやらだんだんストーリー全体がトーンダウンしてしまう。それには彼自身が、イギリスやアラブといった「国同士」の板ばさみにあって、苦悩に苛まれるようになるということも、ひとつの原因だろう。そしてもうひとつあたしが思うには、彼は自分が「ただの人間にすぎない」と思い知らされたことによって、思いっきりテンションが下がったんだろうなって感じた。彼はそれまでずっと、飛ぶ鳥を落とす勢いで勝利を収めてきたし、自分を「神」のように感じていたようなフシもあった。それが拷問やら何やら、辛酸をなめることによって、ロレンスはすっかり覇気をなくしてしまった気がしたのだ。
まあなんにしても、嘘くさい武勇伝と違って(笑)、ある種のリアリティに迫った映画だと思います。映画館で広大な砂漠を堪能できて幸せ~。ギラギラ太陽と、灼熱の砂漠の映像を見ているうちに、自分もジリジリと暑くなってくるのを感じました。映画館暖房ききすぎだよ~(・Θ・;)
ちなみにロレンスの人生については、コリン・ウィルソン著「アウトサイダー」に、興味深い記述があったので、もう一度読み直してみようと思います。

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(By MIlky)
監督:ミヒャエル・ハネケ 
昨年のカンヌ映画祭で、パルムドールを獲得した作品。ハネケの映画は興味深いので、公開を心待ちにしていました。しかしですね、この監督の撮る映画は、全く愉快ではないんですね~。はっきり言ってしまえば不愉快です(;^_^。しかしながらその不愉快さの中にこそ、普段誰も口にしようとしない「真実」が、隠されているのだと思うのです。
舞台は1913年の北ドイツの農村。その村のひとりの医師が、落馬する事故からストーリーは展開してゆく。その事故は単なる事故ではなく、明らかに何者かが仕掛けた悪意ある罠だった。それを発端に、この村では次々と不可解な事件が起こる。この村で一番の有力者である男爵の息子ジギが行方不明になり、その後ひどい怪我を負わされ、逆さ吊りにされているのが見付かったり、またその男爵家の納屋で事故があり、村人の妻が亡くなったり…。しかし村人たちは、そのことをあまり話題にせず、忘れたがっているようだ。なぜか犯人探しにも力を入れていないのだ。
そんなこんなで時が過ぎ、村人たちの頭の中から、そのような不可解な記憶が消え始めたとき、またしても新しい事件が起こる。犯人は誰なのか、この村では一体何が起こっているのか…という謎がストーリーを覆ってゆきます。
しかしこの映画、犯人探しにスポットは当てられていない。「このような事件が起こる背景に何があるのか」ということに焦点が定められている気がする。とにかくこの村ではいろんなところに、人々の「抑圧」が渦巻いている。生活のため、有力者に意見することのできない村人たちや、宗教的厳格な戒律のもと教育された子供たち。特に子供たちは少しでも親の言いつけを破ると、厳しいむち打ちの罰が待っている。このように「生活のため」「戒律を守るため」「体裁を保つため」に、彼らは自分自身を偽り、大切なものを犠牲にしてゆく。
そんな中、やがて第一次世界大戦が始まり、さらにはナチスの台頭へと繋がってゆくのだ。
うーん、奥深いなあ。この映画に出てくる、がっちがちに抑圧された子供たちが大人に成長した頃が、ちょうどナチスの時代と重なるように作られてあるところが興味深い。そういう「無意識的な集団心理」みたいなものが、時代に反映されているように感じるのは、あたしだけでしょうか?もしそのようなことがあるとするなら、現在にも未来にも同じようなことが起り得るのかも知れない、と危機感を感じます。同じ過ちを繰り返さないためにあたしたちがしなければならないことは、目に見えにくい、隠された「抑圧」を意識化したり、自分自身と対峙し、且つ解放してゆくことではないかなと思いました。
何年か前に「ミヒャエル・ハネケ映画祭」ってのがあって、「セブンスコンチネント」と「ベニーズビデオ」という映画を立て続けに2本見たことがあるのですが、この人の映画は2本までが限界でした。(できたら3本目も見たかったのですが、濃すぎます。(^_^;))