最期の決断
私は訪問看護の仕事をしています
病気や老衰で
家でなくなる人
施設でなくなる人
病院でなくなる人
最期の場所は色々です
私は
訪問看護をしているので
家でなくなるということは
ご本人の住み慣れた家で
いつもの家庭の中の音を聞きながら
あたりまえに家のなかに存在できて
最後まで家族の中の役割を全うして
生ききる姿や
遺された家族のやりきった感をみて
在宅で最期まで過ごすことも
とてもよいと思います
でも
施設や病院の最期も
ご本人が望んでいたり
ご家族が望んでいたりして
これでよしとおもえるものであれば
それも
その人にとっては
素晴らしい最期を
迎えられる場でよいと思うのです
場所は問題ではないと感じます
そして 方法
抗がん剤や
手術や
胃ろうや
呼吸器や
点滴
それも
本当に
たくさんの選択肢のなかから
ベストを選んだとしたら
それは
方法も問題ではないと感じます
それよりも
最期の決断を
自分ができるかどうか?
そこを大切にしたいと思うのです
今 色んな治療や医療があり
昔なら助からなかった命も
生きれるようになりました
でも 皆が同じ良くなるという方向へ
歩みを進めていけるとは限りません
治療をうけること
治療をやめること
やめるという選択肢も含めて
今は昔よりも
より多く
選べるものが増えました
でも
私は現場で感じること
医療者や専門家が
最期の選択を奪っていないか?
その質問を
しっかり胸にとどめて
目の前の利用者さんと
関わっていくことは 大切です
色んなケースもあるので
一概には言えませんが
判断できる能力がありながらも
判断を医療者や専門家に
委ねざるを得ない状況を
支援者がつくってはいないか?
そこは
丁寧にみていかなくてはいけません
人生のなかの
色んな種類の
たくさんの決断を
すべて
自分が責任もって
ずっとしてきたのに
最期の
一番大切な いのちの
終わりの場所や方法を
自分じゃない誰かに
ゆだねなくてはならないというのは
なんだかおかしな話だと思うのです
選択肢はたくさんあります
それを
選ぶ自由や責任が
本人にしっかりゆだねられること
そのためには
元気なうちから
しっかり
死ぬことを
語っておくことは大切です
思い通りになることばかりでは
ないかもしれないけど
それでも
自分の人生の
生き方
死に方を
責任もって選んでいける
そんな
選択と責任を
最期まで背負っていける
自分の いのちは
自分が選ぶ
そんな社会になったらいいと 思います
そのためにも
語ること
タブー視せずに
語り合うこと
それを
関わっている私たち支援者こそ
恐れずに
きっかけを届けられる存在を
目指したいと思います‼
最期の決断こそ
自分が背負えるように
背負えるような
たくさんの選択肢を届けられるように
出来ることから
重ねていきます‼
あなたは
最期の決断
いのちの決断について
考えたことはありますか?
最期の決断
どうしたいと思いますか?
私は訪問看護の仕事をしています
病気や老衰で
家でなくなる人
施設でなくなる人
病院でなくなる人
最期の場所は色々です
私は
訪問看護をしているので
家でなくなるということは
ご本人の住み慣れた家で
いつもの家庭の中の音を聞きながら
あたりまえに家のなかに存在できて
最後まで家族の中の役割を全うして
生ききる姿や
遺された家族のやりきった感をみて
在宅で最期まで過ごすことも
とてもよいと思います
でも
施設や病院の最期も
ご本人が望んでいたり
ご家族が望んでいたりして
これでよしとおもえるものであれば
それも
その人にとっては
素晴らしい最期を
迎えられる場でよいと思うのです
場所は問題ではないと感じます
そして 方法
抗がん剤や
手術や
胃ろうや
呼吸器や
点滴
それも
本当に
たくさんの選択肢のなかから
ベストを選んだとしたら
それは
方法も問題ではないと感じます
それよりも
最期の決断を
自分ができるかどうか?
そこを大切にしたいと思うのです
今 色んな治療や医療があり
昔なら助からなかった命も
生きれるようになりました
でも 皆が同じ良くなるという方向へ
歩みを進めていけるとは限りません
治療をうけること
治療をやめること
やめるという選択肢も含めて
今は昔よりも
より多く
選べるものが増えました
でも
私は現場で感じること
医療者や専門家が
最期の選択を奪っていないか?
その質問を
しっかり胸にとどめて
目の前の利用者さんと
関わっていくことは 大切です
色んなケースもあるので
一概には言えませんが
判断できる能力がありながらも
判断を医療者や専門家に
委ねざるを得ない状況を
支援者がつくってはいないか?
そこは
丁寧にみていかなくてはいけません
人生のなかの
色んな種類の
たくさんの決断を
すべて
自分が責任もって
ずっとしてきたのに
最期の
一番大切な いのちの
終わりの場所や方法を
自分じゃない誰かに
ゆだねなくてはならないというのは
なんだかおかしな話だと思うのです
選択肢はたくさんあります
それを
選ぶ自由や責任が
本人にしっかりゆだねられること
そのためには
元気なうちから
しっかり
死ぬことを
語っておくことは大切です
思い通りになることばかりでは
ないかもしれないけど
それでも
自分の人生の
生き方
死に方を
責任もって選んでいける
そんな
選択と責任を
最期まで背負っていける
自分の いのちは
自分が選ぶ
そんな社会になったらいいと 思います
そのためにも
語ること
タブー視せずに
語り合うこと
それを
関わっている私たち支援者こそ
恐れずに
きっかけを届けられる存在を
目指したいと思います‼
最期の決断こそ
自分が背負えるように
背負えるような
たくさんの選択肢を届けられるように
出来ることから
重ねていきます‼
あなたは
最期の決断
いのちの決断について
考えたことはありますか?
最期の決断
どうしたいと思いますか?