先生、どうにかできませんか
『先生、どうにかできませんか』
この言葉が、私の頭の中から離れない。
千葉県野田市で10歳の栗原心愛さんが両親に虐待され死亡した事件が起こる以前に、学校でのアンケートで書いた文章は、彼女の決死の覚悟だった。
母親も助けてくれない。
誰も助けてくれる者がいない。
そんな状況の中で、10歳の少女は最後の救いを先生に求めた。
しかし、先生は少女の命を守ることはできなかった。
少女が死亡したのは、学校の担任の先生の責任ではなかったが、先生に少女の命の危機が迫っているという意識があれば、少女の命を救う方法はあったのではなかったのか。
親は子供のことなど考えてはいない。
私はこの少女の気持ちが痛いほど分かる。
私は、両親から暴力は受けなかったが、言葉による暴力を受けた。
自分の存在を否定する言葉を言われた。
その言葉は今でも忘れられない。
恐らく、死んでも忘れることはできない。
『気違い、生きる価値がない』と、ののしられた。
小学生一年生の頃に言われた。
親は高齢者になってしまったが、親に対しては、どうしても、ふつうの人が感じるはずの親という感情を持てない。
『生きる価値がない』などという言葉を言った時の親は、心から私を憎んでいたはず。
そんな言葉を言われ、自分の存在を否定した親を大切に思うとか、親孝行をするとか、そういう気持ちになれるはずがない。
親に復讐することしか考えていなかった。
現実的には、復讐などできない。
親ほど悪い者はない。