ヨーコ・カワシマ著の『My Brother,My Sister,and I』を読んでいる
ヨーコ・カワシマ著の『My Brother,My Sister,and I』を読んでいる。
『竹林はるか遠く』の続編で、翻訳では、『続・竹林はるか遠く』のタイトル。
朝鮮半島から引き揚げてきた、ヨーコと、姉と、兄の三人の物語。
ほぼドキュメントだと思うが、創作の部分も含まれているのではないかと思う。
ヨーコの母親は、京都駅で死亡した。
ヨーコと姉は住む場所もない状況でも京都の私立中学校と大学に通う。
食べる物もなく毎日ゴミ箱の残飯を探す。
後から、半島から引き揚げてきた兄と再開してからは、善意の夫婦の家の倉庫で暮らすことになるが、火事で焼けてしまい、姉の、『好』がやけどをして病院に入院し、病室が三人の住処となる。
みすぼらしい恰好をしているヨーコは学校ではいじめられる。
その学校は私立のいうなれば、裕福な家庭の女子が通う、お嬢様学校。
なぜ、そんなお嬢様学校に通うのか疑問に思うが、カワシマ家はもともと、朝鮮半島では裕福な暮らしをしていて、母親もいうなればお嬢様学校に通っていたから、その子であるヨーコと、『好』も同じような学校に通わせたかったのだろう。
京都はほぼ空襲がなく、東京のように市民が虐殺されることはなかった。
日本の他の地域では空襲があったが、京都の裕福な人々にとっては、飢えることもなく、少しばかり物資が不足していたかもしれないが、戦時中も、終戦末期も、戦後もほぼ普通の暮らしをしていた。
京都の裕福な市民と、空襲を受けた都市、原爆が落とされた広島、長崎の市民とでは戦争体験が全く違っていたのではないか。
京都の裕福な市民にとって、戦争はある意味、他人事だった。
戦中戦後は、日本全体が暗く絶望的だったわけではなく、戦争の影響を受けることもなく、裕福に暮していた人々がいた。
現代に置き換えてみると、その状況が理解できる。
空襲を震災と置き換えると、東京大空襲は、首都直下型地震、長崎、広島の原爆投下は、原発の事故、沖縄決戦の市民の犠牲は、沖縄の近海の海溝型地震の津波による市民の犠牲と考えると、そういった震災を受けなかった地域では、日常の普段の生活が続くわけで、日本全体が絶望的な状況になるわけではない。
何度も震災に襲われても、日本列島が消えるわけではない。
未来への希望は持ち続けるべき。