免色は、左利き。これは、メタファー。
村上春樹の、『騎士団長殺し』を読み進めている。
『免色』という名前のお金持ちが登場する。
この人物を、ギャッツビーのイメージだと言っている人もいる。
私は、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を連想した。
色がないという名前から、色彩を持たないを、連想した。
この作品では、南京大虐殺で40万人が殺害されたと、登場人物が語ることが話題になっている。
その部分まではまだ読んでいない。
主人公が語るのか、それとも、別の人物が語るのか。
『免色』は、左利きである。
右か左かどちらかに行くとしたら、左を取ると彼は言っている。(第一部の163ページ)
これは、メタファーだろうと思う。
村上春樹の心の投影でもあるだろうし、この作品の底流に流れている意思のようなものである。
村上春樹が以前から、左寄りの発言をしているのは知っている。
落ち目になった、歌手、芸能人、文化人は、政治的発言をすることによって、世間の注目を集めようとする。
村上春樹は、作家として、ピークははるか以前に終わっている。
彼も、落ち目の文化人と同じような道をたどっているようにも思える。