尼港事件(にこうじけん)
1918年に日本のシベリア出兵は始まった。これは、アメリカの呼びかけによる共同出兵だった。
『チェコ軍団の支援』を目的にしたもの。
しかし、アメリカの真の目的は別のところにあった。
その証拠に、アメリカは、1920年に単独撤兵した。
これは、日本のシベリア出兵にとって大きな転換となった。
1920年3月から5月にかけて、アムール川の河口のニコラエフスク(尼港)で、赤軍パルチザンによる大規模な住民の虐殺事件が起きた。
駐留日本軍の守備隊は全滅。
日本人居留地の740人の日本人は、老若男女、子供も、凌辱され、虐殺された。
これは、尼港事件(にこうじけん)と呼ばれるものである。
通州事件よりも凄惨な事件だった。
当時、ニコラエフスクの人口は、1万2千人。その半数の6千人が虐殺され、人口が半数になった。
中国人、朝鮮人、白人は、日本人とは全く違う精神構造をしている。
非戦闘員も何のためらいもなく虐殺してしまう。
尼港事件はあまり世間には知られてはいない。