光源氏の正妻の紫の上の容姿はどんなものだったのかと、想像してみる。
平安時代の美人の基準は、現代の基準とはずいぶんと違うだろう。
やや、細面で、鼻筋が通っていて、唇は薄く、目はぱっちり。
こういうのが現代の美人だろうと思う。
目は切れ長で、顔はしもぶくれ、髪は数メートルというのが平安時代の美人の基準だろうと思う。
なぜ、平安時代の女性は、あるいは、男も、しもぶくれだったのか。
太っていたというよりは、栄養のバランスがよくなくて、むくんでいたのか。
紫の上は、この雛人形のような顔立ちであってほしいと思う。