法は非情か
理不尽な事は常に起きる。
自分では理不尽だと思っていても、他人から見れば、それは理不尽ではなくて、当然の事だと思われることもある。
人道的見地からすれば、それはおかしいだろうと思われても、法的な見地からすると、おかしいことではなくて、合法であるということもある。
人道的とか、道徳的とかということは、法的な事には何ら影響を与えることはないのだろうか。
文章化された法は非情であろうと思う。
人道的、あるいは道徳的な見地からすると、法は法を犯す者にとって、寛容であるような気がする。
トラブルを法だけで解決しようとすると、人の感情は、納得しないことが多い。
トラブルに巻き込まれている両者が譲歩するところは譲歩して納得できる解決策を生みだすのが、ベターだろうと思われる。
法を前面に持ち出すと、両者ともに、後味が悪くなるだけである。