源氏物語には注釈が必要
与謝野晶子現代訳の『源氏物語』の「桐壷」から「空蝉」まで、読んでみました。
他の人の現代訳がどんなものなのかは分からないので比較できないのですが、翻訳された時代が、昭和初期ころなので、現代訳とはいっても、平成の時代からすると少し古く感じます。
源氏物語は、それが書かれた時代の知識がないと、言葉の意味が分からないと思われます。だいたい、貴族とは、どういう身分の人たちなのか、収入源はどうなっていたのか、どれだけの階級があったのか、どういう生活習慣があったのかが分かっていないと充分には理解できないだろうと思われます。
現代では分からない、習慣とか、社会的背景とか、言葉の意味などは注釈があったほうがいいだろうと思われます。
文章として、原文に忠実に訳すと、意味が分かりにくいものは、意訳をして、現代の文章としてこなれたものに直す必要があるだろうと思います。
原文を現代語に置き換えるだけでは、流れるような美しい文章にはならないでしよう。
小説にするには、翻訳者が言葉を補い、原文の言葉の順序を変えて、理解しやすい文章にする必要があります。