青い手紙 10
翌日の朝刊には畠山氏の死亡記事は載っていなかった。『象アパート』のあまり清潔とはいえない、ネズミが出てきそうな部屋での老人の孤独な死は新聞のネタにはならないのだろうか。
畠山氏の死は、私には関係ないのだから、孤独な老人の死のことなど忘れてしまえばいいのだが、私には、納得がいかなかった。私に電話をかけてくる前に、あの老人は、すでに死亡していた。それでは誰が電話をかけてきたのか。電話の声は、聞き取りにくい、生気のない老人のような声だったが、わざと聞き取りにくい声で話したのではないか。老人の声と思えば、老人の声なのだが、あのような作り声で話すことはさほど難しいことでもない。
警察だって、バカではないだろう。死亡推定時刻が分かれば、すでに死亡している人間が電話をしてくるはずはないことは分かるはずだ。私は何もする必要がない。畠山氏の死に事件性があると判断すれば、警察のほうで、再び私に接触してくるはずだ。
私は、私のやり方で、納得のいかない部分を納得できるように解明していけばいいのだ。 ただし、解明したからといって、誰からも報酬はもらえない。
『象アパート』の畠山氏の部屋での警察の事情聴取の中で、畠山氏は心臓が悪くて定期的に薬を飲んでいたとヘルパーの女性は言っていた。そのことが少し気になった。薬を飲み忘れたために、発作が起こって死亡したという可能性はないだろうか。それなら、ただの病死だ。確かにそうだが、飲み忘れるように工作をされたとしたら、病死ではない。薬を間違って飲んで死亡した可能性もある。
ただの孤独な老人の死であれば、私は悩む必要はなかったはずだ。
ところが、畠山氏はただの孤独な老人ではなかった。ヘルパーの女性が警察に語った畠山氏の正体を知って、何かの事件に巻き込まれていることを私は確信した。
あの老人は、ある企業グループの元会長だったのだ。経済的には恵まれているはずなのに、なぜ、『象アパート』の一室で孤独のうちに死亡したのか。私には納得できなかった。