1枚の紙切れ
今日は、彼の叔父の葬儀の日だった。
彼女は、葬儀には参列できなかった。
彼女と彼は八年間いっしょに暮らしていたが、婚姻関係はなかった。
だから、お互いの家族の行事には参加できなかった。
好きな人といっしょに暮らす。そして、お互いの家族の行事には関わらない。
それが理想的な男女の関係だろうと彼女は信じていた。
つまり、二人は永遠に家族にはならないで、他人の男と女の関係でいる。
婚姻していないのだから、嫌いになればいつでも彼と別れて一人で暮らすことができると彼女は思っていた。
婚姻届がないのだから、理屈としてはそれで間違いない。
しかし、10年後、20年後はどうなるのだろう。彼女はそんな先のことは想像できなかった。
しかし、20年後は確実にやってきた。それも突然に。まだ、50代という年齢にもかかわらず、彼は、夢のように死亡してしまった。劇症肝炎だった。
当然、葬儀の喪主は彼女であるべきはずだった。しかし、彼の家族がそれを許すはずがなかった。他人である彼女が喪主を務めるということは彼の家族が納得するはずがなかった。
彼の弟が喪主だった。
彼女は彼の葬儀に参列することも許されなかった。
なぜなら、彼女は家族でもなく、他人よりも、他人だったからだ。
婚姻届は、ただの1枚の紙切れだが、その1枚の紙切れは人の命と同じ程の重さがある。