読点の数と場所
台風の被害が各地で起こっているようですが、皆さんのお住まいの地域ではどうでしょうか。
幸い、私の住む界隈では被害はほんのわずかでした。
で、文章の話です。
コンテスト用の50枚の作品を読み返してみました。誤字、脱字、間違った言葉の用法、意味がわかりにくい文などを手直ししてみました。
コンテストの場合は、そのコンテストの傾向というものがあるので、自分の書くものが過去の入賞作品と傾向が似ているどうかを把握しておく必要があります。
ところが、過去に入賞した作品が書籍化されて手に入ればいいのですが、書籍化されていない場合は、読むことができません。
そういう場合は、主催する出版社の文芸雑誌に掲載されている作品を読んで、ある程度は作品の傾向をつかんでおくべきです。純文学的作品が掲載されている文芸誌主催のコンテストに、ミステリーとか、SF的な作品を応募したところて、一次選考で必ず落ちます。
こういうコンテストというのは、客観的に点数をつけることができないので、選考委員の感性で判断することになります。要するに、選考委員の方の好みです。同じ人が選考委員を続けていると、似たような傾向のものが入賞します。
それで、自分の書いたものを読み返してみると、たいていの場合は、気持ちが落ち込んできます。こんなくだらないものしか書けないのかと嘆いてしまいます。他の人が体験したことのないことを体験したわけでもなくて、自分の知らない世界のことを想像力のみで書いてみました。
そういうものはリアリティに欠けます。それでもなんとか小説らしくはなっていると思います。
文章とは、その人の人格のようなものなので、個性が出てしまいます。
自分の文章には、やたらと、読点(、)が多い。読点は、その部分で一度、ふっと、息を抜いたり、前後の言葉関係から、あとの言葉につづけると意味が分かりにくくなるから、意味を取り違えないようにするために使っているつもりだけど、読点を多く使うと、読む側の意識の流れが読点の部分で止まってしまって、読み辛いということにつながりはしないだろうかとも思う。
かといって、読点がほとんどない長い文は読みにくい。読点の数と、それを打つ場所を決定するのはなかなか難しい。