二度と見つからない探し物
この家は、もう売り払うのだからいらないものは捨ててしまおうと彼は思った。
他人にはどうでもいいものだが、どうしても捨てられないもの、すてようと思っていても、手間がかかるから捨てなかったものが彼の家の中の押入れの中を占拠していた。
透明なプラスチックの衣装ケースの中に、全く分類もせずにゴミと化したくだらないものが詰め込まれていた。とくに、それらのプラスチックのケースの蓋をあける必要もなかったから、プラスチックのケースは何年間もそこに放置され、忘れ去られていた。
中に何が入っているのか、彼には分らなかった。記憶の中からはきれいさっぱりと消えているものばかりだったから、彼の暮らしを左右する重要なものは入っていないはずだった。
いつ見たのか思い出せない、古い映画のパンフレット、カセットテープ、ビデオテープ、フィルム式のコンパクトカメラ、卒業間近の、『追い出しコンパ』で後輩たちが書いた寄せ書きの色紙、学生手帳、手紙・・・。
手紙の差出人の名前を見ても、その顔を彼はぼんやりと思い出すことしかできなかった。差出人の名前は、複数の女性の名前だった。彼女たちとは、付き合っていたのだろうか、ただの後輩だったのか、今となっては彼はうまく思い出すことができなかった。
手紙の束の下に彼は小さなジュエリーボックスを見つけた。彼は、蓋をそっと開けてみた。中にはダイヤの指輪が入っていた。なぜこんなものがここにあるのだろうと、彼は呆然としてダイヤの指輪を見つめた。
こんな大切なものがどうしてここにあるのか彼には分らなかった。単純に彼はこの指輪は無くしてしまったのだと、ずっと、思っていた。あまりにも気が動転して、どこかに置き忘れたのだと。
完全に、彼の片思いだった。いつかは、彼女に告白しようと思っていた。彼のすべての理想を具現したのが彼女だった、容姿だけではなかった。立ち居振る舞い、言葉づかい、心のあり様、それらすべてが、高い次元で完結していた。
彼女のような人には二度と出会ないと彼は確信していた。きっと、彼女に自分の想いを伝えるのだと決意していた。たとえ、彼女が誰かの妻であっても、彼の彼女に対する想いをそぎ落とす要因とはならなかった。
その彼女が突然、仕事を退職した。彼には訳がわからなかった。転職したのだろかと思ったが、そうではないということが、分かった。彼女は、自宅で発作に襲われて倒れたのだ。そして、永遠に彼は彼女に指輪を渡す機会を失ってしまったのだ。
探し物は見つかったが、彼女はもう二度と見つからない。