行くへ不明になる日
平日のラインタイムに彼女はいつもの店に行った。
そこに、彼が待っているはずだった。
彼と知り合って、もう、三年が過ぎていた。
彼はすでに待っていた。
「よう」と、いつものように、彼が言った。
彼女はたおやかに、微笑んだ。
彼と彼女はそれぞれ違う会社に勤めていた。
それぞれの職種が違うから、彼も彼女も、それぞれの職場で現在抱えている仕事の進捗状況などを、さりげなく、ほとほどに話した。
「こんなに、物の売れない時代になるとは思わなかった」食後のコーヒーを飲みながら彼がつぶやくように言った。
「そうね、いつまで、仕事ができるのか、ほんとに、分からない時代よね」彼女はあまり深刻なトーンにならないように言った。
「確かに、薄い氷の上をさまよいながら歩いているようなものだ。だから、僕は決めた」
「決めたって、何を?」
「薄い氷が割れる前に、僕は行くへ不明になる」
「何言っているの?」彼女は驚きの表情を隠すこともなく、彼の目を見ながら言った。
「午前中に、会社は、円満に退職した。そして、午後からは、君の前から消えて行方不明になる」
「行くへ不明?」彼女には、彼の言葉がうまく理解できていなかった。
「そうだ」
そう言い残すと、彼は椅子から立ち上がって、食事代を支払った。
二人は店の外に出た。
「今から、僕は行方不明になる」そう言うと、彼は後ろを振り返ることもなく立ち去った。