聞き違い
駐車場に止めてある車に向って、私はゆっくりと歩いた。ビルの地下にある駐車場には私の靴の足音が鈍く響いていた。
私はちらっと、後ろを振り返った。誰の姿もなかった。私の足音以外は何も聞こえなかった。
車の運転席のドアに手をかけた時、左前方から銃声が聞こえた。
反射的に私は身を伏せた。また、銃声がした。銃弾は明らかに私を狙ったものだった。二発目の銃弾は私の右足の三メートルほど先のコンクリートの床にに着弾して跳ね返った。
敵は、左斜め前方の黒塗りのセダンの影から撃っていた。こちらからは相手の姿を確認することはできないが、むこうからはこちらの姿が見えているはずだ。
私は、伏せたまま、すばやく車の後方に移動して、さらに助手席側に回り込んだ。私は上着の内側のホルスターから、リボルバーを取り出した。
こちらからは相手の姿が見えない。むやみに撃つのは、弾のむだになる。
敵の三発目の銃弾が車のフロントガラスを貫通した。
私は腕をのばして、ボンネット上に乗せて敵のいる方向に一発発射した。
敵の動きを見るためにほんの少しだけ頭をボンネットの上の高さに上げた。
敵が左方向に移動するのが見えた。私は、敵の動く方向に、二発発射した。敵に当たったかどうかは分からない。
敵は、車の陰に隠れながら移動して、私の背後に回るつもりだ。この場所にじっとしてはいられない。
私は敵がいると思われる方向に一発発射しながら車の運転席側に移動した。そして、ドアを開け車の中に入った。そして、素早くドアを閉めた。
私は車のエンジンを始動し、出口に向かって車を急発進させた。甲高いスリップ音を残して車は発進した。
その時、左前方から、彼が現れ、こちらに向かって発砲した。私は運転席から腕を出して、彼に向って、二発つづけて撃った。彼には当たらなかった。
彼は、車の陰に身を潜めて、私の車をやり過ごし、今度は背後から発砲した。
ルームミラーで彼の姿を確認した私は、とっさに身をかがめた。次の瞬間、車はコンクリートの柱に激突した。
フロントガラスは粉々に飛び散った。エアバッグはあまり効果がなかたった。私は頭をハンドルぶつけた。頭の中で巨大な鐘が鳴り響ていた。
全身の筋肉が一瞬にして萎えてしまった。私は、助手席側に仰向けに倒れた。
朦朧としている意識の私の目には、オートマチック拳銃の銃口をこちらに向けている男の顔がぼんやりと見えた。私は亡霊のように見えている男に無意識にリボルバーを向けていた。
「もう七発撃っている。その銃には弾は入っていないはずだ」男は、にやにや笑いながら言った。
男は、私がゆっくりと引き金を引くのを眺めていた。そして、銃口が火を噴いた。
彼は、聞き違いをしていた。私の車の運転席のドアが閉まる音を発砲音と思ったのだ。