神を見た
ある人のことで、頭の中は支配されていた。
目は前方を見ているはずなのに、頭の中では映像として処理されていなかった。
前方の車が右折するために停止していることに気付いた時には、時速60キロで走っている車がフルブレーキングしても停止できる距離ではなかった。
一瞬、衝突して、エアバッグの中に自分の頭が沈み込む光景が見えた。
しかし、見えざる神秘的な手によって、ハンドルは繊細な動きをして、タイヤと路面との摩擦による白煙と、スリップ音を残し、縁石と、停止している前方の車の間のわずかな空間を私の車はすり抜けた。
何が起こったのか、私には説明はできなかった。
『鈴鹿の130Rで神を見た』と、かつて、アイルトン・セナは言った。
まさしく、私も、神を見たのだ。
あるいは、別の何かに守られていたのか。
私は、あることに気づいた。
財布の中を見ると、そこには、小さな、お守りが入っていた。
鈴虫寺のお守りだった。
わらじをはいたお地蔵さんが私を守ってくれたのだろうか。