ベンジャミン・バトン 原作と映画
スコット・フィッツジェラルドの原作と映画がどういうふうに違うのかが、興味がありました。
原作は短編なのですが、映画は、超大作です。
ベンジャミンは老人として生まれ、歳を重ねるにしたがって、若くなっていくという設定です。
最期は赤ん坊になって、新生児の状態で死亡します。
奇想天外な物語ですが、こういう物語をスコット・フィッツジェラルドが書いていたということも、ちょっとした驚きです。
原作と映画では、ずいぶんと設定が違っています。
まず、ベンジャミンの妻となる女性の名前が『デイジー』となっていることです。原作ではデイジーではありません。
デイジーといえば、スコット・フィッツジェラルドの代表作の『グレート・ギャツビー』で、主人公のギャツビーが慕い続けていた女性がデイジーです。
映画の中で、デイジーはバレリーナーということになっているのですが、これは、スコット・フィッツジェラルドの妻のゼルダを思い起こさせます。
ゼルダはバレーに心酔していました。
この映画は、奇妙な一人の男の人生を描いた叙事詩です。
映画の冒頭は、老女となったデイジーが病室で娘に一冊の本を読んでもらうシーンから始まります。
このシーンは、クリント・イーストウッド主演の『マディソン郡の橋』を思い起こさせました。
そして、悲しい哀愁の漂うファンタジーの、『エレファントマン』を思い起こさせもしました。
映画の『ベンジャミン・バトン』は映像の美しさに驚かされます。
屋外のロケのシーンは、天候によって、理想的な絵が取れない場合は、何度も撮り直していると思われるので、かなりの時間がかかったと思います。
屋外のロケは自然の状態の絵ばかりを撮っているのではなくて、デジタル技術も使っているようです。
特殊メイクで老人になったブラット・ピットの頭と、別人の同体を合成しているということです。
その合成の映像はとても自然に見えるので、実際に存在する人物を使っているかのようです。
ハリウッド映画の大活劇のような派手なアクションとかはないのですが、心に沁み入る名作です。
晩年のスコット・フィッツジェラルドはハリウッドで映画の脚本を書いていたようですが、自身の死後の70年後に、『ベンジャミン・バトン』が映画化され、超大作として話題になるとは思ってもみなかっただろうと思います。
脚本家としの彼は、あまり評価されなかったのですが、もし、彼がこの作品の脚本を書いたらどういう映画になっていたのでしょう。
