こんばんは、牛です。

今日は久しぶりに実家に帰ってきて、のんびりしたりしています。
たまにふと、実家に帰ろうと思って帰ってきます。

そんな感じで帰ってきたから、父は出張中で今日は帰らず、母は飲み会で帰るのが遅いという感じで、僕がもし帰ってこなければ、飼っている犬が一匹で遅くまで留守番しないといけない状況なので、やはり帰ってきてよかったと思ってます。

さて、本題に入りたいと思います。
最近、自分を認めることを改めて重要だなと感じているわけですが、なぜかというと、自分のことを認めることができていないと、他人をちゃんと向き合うこと、そして認めることができないからだと思っています。

なぜ、自分を認めることができないと、他人を認めることができないのか?

僕の考えとしては、自分を認めることができていないというのは、自分の欠点を許すことができていない、そのため、相手と話している状況でも、自分の欠点が気になったり、相手とつながることで、その欠点を埋めようとしてしまうことが挙げられます。

本当に相手と向き合おうとするのなら、相手の顔やしぐさをちゃんと見て、相手の言葉をちゃんと聴いて、相手がどんなことを考えているのか想像する必要があると思います。

これってすごく難しいことですよね。

僕も意識するようにしていますが、なかなか難しいです。

その原因の大きなことが、自分を気にしてしまうということではないでしょうか。

自分の体験や性格から、自分だったらこういう状況だとこんな風に思ってしまうだろうな。じゃあ、こういうことを言ったら喜んでくれるかな、というのは、自分をもとにしつつ相手を見ています。

しかし、相手と話しながら、自分の話おもしろくないよなとか、自分の顔を気にしたりとかしていると、真剣に相手の話に耳を傾けることすらできないですよね。

自己中心的という言葉があるじゃないですか。

僕はこれを、自分を世界の中心として考え、自分にとって利益になることばかりする傾向にあること、だと考えています。

そんな思いを持ちながら、日々を過ごしていると、他人に対して失礼な態度を取ったりする人や、自分の利益ばかり考えながら人と話をしている人を見かけます。

そういった行いって、確かにその瞬間だけを見れば本人は気持ちいいのかもしれませんが、長期的、いや長期的といえる長さすらないと思いますが、あとのことを考えると、礼儀正しさや相手と純粋に向き合うことのほうが相手だけでなく、本人にとってもいいことだと思うんですよ。

そういった短期的な視点すら持ち合わせていない、瞬間の視点で生きている人を見ると、こういう人たちは自己中心的か否かという場所にすらいないんじゃないかなと思ってしまいます。

僕もそういうことにならないように、せめて、自分にとって本当に大事なことだけでも意識し続けられるようにしていきたいなと思います。

長々と読みにくい文を書いてしまいました。
最後まで読んでくれた方ありがとうございます。