いつも思うのです一。
日曜日の横浜駅周辺には行くものではないと。流石、全国第5位の動員数の構内は雨もよいだろうが関係ありません。
ましてやホリデーです。
中央通路が一部閉鎖されていて東口へ行くのに方向音痴のおばさんは手間取りました。
今日が最終日でなければ、問屋街祭りを諦めた時点で行かなかったでしょう。すごい大盛況でした。
今まで何度もそごう美術館は行きましたが、ダントツ一位の混雑でした。
いかに水木しげる御大の知名度が高く、人気があるかを改めて知りました。
水木しげる氏は奇しくも父と同い年の大正11年生まれだと知り、一層お慕いしたくなりました。
父の世代の方々は戦争がその人生に暗い影を落とします。
水木氏は南方へ兵として行かれ筆舌に尽くしがたい経験をなさいました。
私が氏の存在を知ったのは、ゲゲゲの鬼太郎ではな「テレビくん」でした。
他の漫画家の方々とは一味違った独特の画風に驚き魅せられました。
テレビから実物が出てくるという発想に驚き、子供心に羨ましかったです。
そして、悪魔くんや墓場の鬼太郎が大好きになりました。
ゲゲゲの鬼太郎は最初は墓場鬼太郎、それから墓場の鬼太郎という題名だったのです。
彼は見た目は当時の私と同じ位の少年なのに、妖怪退治を仕事(報酬を受け取らないのでボランティアみたいです)にしていて目玉のお父さんはいても、自活していてそれだけでも尊敬していました。
みょ~にクールで飄々としていてアニメーションの彼も素敵ですが、初期の鬼太郎君が私は一番好きですね。数々の作品と共に水木氏の生涯も詳しく展示されていて、本当に行って良かった美術展でした。
またむくむくと美術展巡りの趣味が湧き出て来つつあるおばさんなのでした。
日曜日の横浜駅周辺には行くものではないと。流石、全国第5位の動員数の構内は雨もよいだろうが関係ありません。
ましてやホリデーです。
中央通路が一部閉鎖されていて東口へ行くのに方向音痴のおばさんは手間取りました。
今日が最終日でなければ、問屋街祭りを諦めた時点で行かなかったでしょう。すごい大盛況でした。
今まで何度もそごう美術館は行きましたが、ダントツ一位の混雑でした。
いかに水木しげる御大の知名度が高く、人気があるかを改めて知りました。
水木しげる氏は奇しくも父と同い年の大正11年生まれだと知り、一層お慕いしたくなりました。
父の世代の方々は戦争がその人生に暗い影を落とします。
水木氏は南方へ兵として行かれ筆舌に尽くしがたい経験をなさいました。
私が氏の存在を知ったのは、ゲゲゲの鬼太郎ではな「テレビくん」でした。
他の漫画家の方々とは一味違った独特の画風に驚き魅せられました。
テレビから実物が出てくるという発想に驚き、子供心に羨ましかったです。
そして、悪魔くんや墓場の鬼太郎が大好きになりました。
ゲゲゲの鬼太郎は最初は墓場鬼太郎、それから墓場の鬼太郎という題名だったのです。
彼は見た目は当時の私と同じ位の少年なのに、妖怪退治を仕事(報酬を受け取らないのでボランティアみたいです)にしていて目玉のお父さんはいても、自活していてそれだけでも尊敬していました。
みょ~にクールで飄々としていてアニメーションの彼も素敵ですが、初期の鬼太郎君が私は一番好きですね。数々の作品と共に水木氏の生涯も詳しく展示されていて、本当に行って良かった美術展でした。
またむくむくと美術展巡りの趣味が湧き出て来つつあるおばさんなのでした。