漣は去年木次にこのスタジオで頼んだ事を思い浮かべた。
『野球選手の写真集?
それも試合中の写真ではなく、タレントの様にスタジオやロケで撮る一面白い試みだとは思うが、果たしてそんなものが商業ベースにのるかねえ』
木次はあまり乗り気ではなかった。
彼は全くの野球オンチで知っている球団はせいぜい毎朝ロイヤルズくらいだった。
ルールさえ詳しくは知らなかった。
『安西貴之、あのN航空の遺族だろ。
へぇー、2年連続最多勝投手なんだ。
大したものじゃないか。
京浜クワイヤーズってチームに所属しているのか。
俺は全然知らないけど。
漣、俺が野球に全く興味がないのを知ってるだろう?』
木次は大して興味を示さず、漣から渡された数枚のユニフォーム姿の安西の写真を眺めてもピンと来ない様子だった。
元々彼は婦人科といわれる女性モデル専門の写真家だった。
男性の写真は雑誌のグラビアを撮った程度で、写真集を出すほど男性を撮った事など一度もなかった。
漣はそんな木次に更に頼みこんだ。
『頼むよ、彼は君のファンで君クラスの大物じゃないと動かないと思うんだ。…それに写真集は別に売れなくても構わない』『妙な事をおっしゃる。
出版部数に命をかける鬼の漣さんが』
木次は含み笑いを洩らした。
『判ったよ。
お前さん、この選手とお近づきになりたいんだろう?』
漣は何も答えなかった。
『どうやら図星みたいだな。
写真集をお前の会社で出せば、否応なく繋がりが出来る。
その上でさりげなくお付き合いを願う訳か』
木次は納得して頷いた。
『判った、判った。
大学時代からの親友に押して頼まれたら、男、木次大介一いやとは言えぬ。
身長179㎝か一。
なかなかタッパもあるし美男子だな。
まだ実物は拝んじゃいないが、とにかく彼に直接頼んでみよう。
あくまで俺が気に入ったというふれこみでな。まあ、まかせておけ。
口説きの木次で通っている俺だ一。
男を口説くのは初めてだけどな。
必ずイエス、と言わせてみせるさ』
168㎝の小柄な御人好しの彼は自慢の髭をさすりながら、承諾した。

つづく一

この物語はフィクションです。