第5章

漣が木次の突然の渡仏の報を聞いて彼に会いに行ったのは、それから2週間後の事だった。
驚いて彼のフォトスタジオを訪ねると、既に大方引き払った後だった。
「よう、漣。
挨拶にも行かんですまなかったな」
スタジオには憔悴しきった面持ちの木次が声をかけてきた。
「どうしたんだ?
木次、何でまたこんな急に一」あらかたの片付けが終わったスタジオはガランとしていた。
木次は新しいタンブラーグラスを持ってきて漣に手渡した。
「まあ、一杯やれよ。
俺はオールドパアが好きでな。この絵の爺さんを眺めながらだといくらでも飲める。
君が出向いて来てくれたなら、丁度良い。
実は、頼みたい事があって君を呼ぼうと思っていたんだ」
「何だよ、頼みごとって一」
「これさ一」
木次は壁にかけられていた巨大なポートレートの覆いを外した。
漣はそれを見て驚きを隠せなかった。
「安西一」
写真集の中にも納められていなかった巨大な安西のポートレートが漣の目の前に広がった。

緋色のアームチェアに足を組んで座っている。全身黒ずくめの安西の姿だった。

つづく一

この物語はフィクションです。