その日、漣は水道橋のロイヤルズドーム球場のゲストとして招かれていた。
彼自身はあまり野球に興味を抱いていなかったが、各界の有名人をゲストに招いて野球談義をさせるという企画を毎朝放送が立ち上げ、その1人に漣は選ばれたのだった。ロイヤルズの対戦相手は京浜クワイヤーズだった。
ゲストの控え室で寛いでいるとやけに周囲が騒がしくなって来た。
報道関係者達の声が聞こえてきた。
当時は、まだ予告先発のルールではなかった。「おい、今日のクワイヤーズの先発はあの安西だぜ」
「安西か一。
いやあ、これは見ものだな」
安西一あの安西貴之か。
彼が昨年、成田で起きたN航空不時着事故で唯一遺族になった事は漣も勿論知っていた。
その後、名門T大の野球部員でエースだった彼が大学を中退してクワイヤーズのテスト生としてプロ野球界入りした事も。
しかし、将来はプロ野球選手として生きていくであろう彼に漣はさほどの興味を抱いてはいなかった。
報道写真やニュース映像で少し見ただけで、顔さえはっきりと覚えていなかった。
もしあの時、間近で彼を見なかったら今こうしてロールスロイスで肩を並べてはいなかっただろう。

つづく一

この物語はフィクションです。