30分後一漣と安西は失踪するロールスロイスの後部座席に肩を並べていた。安西は相当出来上がっていた。どうも、最後のロマネ・コンティが効きすぎたな、と漣は思った。
安西は頬を赤らめて何がおかしいのかさっきから笑っていた。「どうした?
何か面白い事でもあったのか」漣が訊ねると彼はにこにこしながら
「誤解していますよ。
Mr.スタンフォードは一完全に!」
と答えた。
「誤解って、
何を?」
「彼は、僕達が恋人同志だって思いこんでいますよ。
うん、間違いないな。
来年の年俸を全部賭けたってかまわない」
「一一」
漣の胸に暗然たる思いが拡がって行った。
「だって、漣さんを僕のパトロンなんて言うんですよ。
あはは、パトロンだって。
冗談きついですよ。
漣さんもいい迷惑ですよね」
安西は、漣の思いなど全く意に介さず笑い続けた。
そのうち笑い声が途絶えたかと思うとすうすうと小気味良い寝息が聞こえて来た。
「おい!安西君」
呼んでも返事は無い。
車窓に頭を持たせかけて寝入ってしまっている。
(子供みたいなやつだな一)
漣は苦笑した。しかし、その心の中はひきつっていた。
『彼は、僕達が恋人同志だと思っていますよ。一あはは漣さんもいい迷惑ですよね』
漣は今しがた安西が酔った勢いで喋った台詞を思い浮かべた。その一言、一言が彼の胸を鋭くえぐった。
漣自身の胸の内を他ならぬ安西によって、暴かれたのだった。

漣が最初にこの若者と出会ったのは、木次のスタジオではなかった。

つづく一

この物語はフィクションです。