「安西君、申し訳ない。
すぐに病院へ行こう」
「いえ、あまり騒がないでください。
球団に知れるとうるさいですから。
それでなくても僕が写真集を出すのにいい顔をしない関係者もいますので」
彼は自分で医者にみせると言って早々にスタジオから立ち去って行った。
木次はやり場のない怒りをミスったスタッフにぶつけようと踵を返した。
そこへスタッフを庇うように立ちはだかったのが漣だった。
漣の大柄な体を盾にしてスタッフは小兔の様に震えていた。
漣はひどく愉快そうに笑みをたたえていた。
きっと木次の失態を一部始終見ていたのだろう。
秘かにスタジオを訪れていたのだ。
あの多忙な彼がわざわざ時間を裂いてまで撮影現場に来ていた一それだけでも木次には大きな驚きだった。
翌日、まだ薬指の包帯も痛々しい安西は怪我をした指を隠せるシーンの撮影に頑張っていた。
その日の撮影も終わりに近づいた頃、突然スタジオの扉が開かれた。
匂いたつ鮮やかなローズピンクの薔薇の花束が現れた。
持っていたのは漣の女性秘書だった。
周囲の人々は一斉に感嘆の声を上げた。
(スタークィンだ!)
木次はその薔薇達に見覚えがあった。
以前、漣の邸宅を訪れた時に300坪に及ぶ薔薇園を見せてもらった。
その薔薇園の一角に温室があり季節外れでも薔薇が楽しめるように設えてあった。
中でも一際、目を惹いたのがこの薔薇だった。その色といい、形といいストイックな漣の性格そのままに丹精込めて育て上げた薔薇一。
この世のものとは思われない見事な花だった。

つづく一

この物語はフィクションです。