覚悟はしていました。
乳癌の再発、
ステージⅣ
視力の衰え
その日がそう遠くない事は一
でも、まだ知らせがないのだから頑張っていてくれると思っていました。
人伝に誰にも会いたくないと言っている(家族以外)と聞いてそれを押して見舞いに行ってもいいですかと私は言えませんでした。
断られたら、私の気性からして絶対にどこかで彼女を恨んでしまうのが判っていました。
会いたくないという事情も判りすぎる程頭では判っていても、それを押して頼んで断られたら絶対に私は彼女を憎んでしまうだろうと一。
だから、自分の為に動きませんでした。
自分が傷つくのが嫌だったのです。
それでも、少しでも快癒してくれないかと願っていました。
身勝手な思いではありましたが。
その知らせが届いたのは、
6月18日
でした。
あり得ない展開でした。
亡くなって一ヶ月も経っていたなんて。
きましたね。
これはきつかったです。
生きていてくれていると思えば可能性のあるシナリオも書けたのにと。
もっと心を鍛えて和解の道も探れるのではないかとか様々な可能性が一挙に消滅してしまいました。
彼女の家族の対応に腹も立ちました。
でも、もう全て終わってしまいました。
5月18日より私にとって
6月18日が彼女の命日に思えてなりません。一番の友人をこんな早い時期に亡くしてこれからどうしようと模索した一年でした。
私のこれからの人生の一部は両親と彼女を供養してゆくものになると思います。
どうも長々とすいませんでした。
では、では~!
乳癌の再発、
ステージⅣ
視力の衰え
その日がそう遠くない事は一
でも、まだ知らせがないのだから頑張っていてくれると思っていました。
人伝に誰にも会いたくないと言っている(家族以外)と聞いてそれを押して見舞いに行ってもいいですかと私は言えませんでした。
断られたら、私の気性からして絶対にどこかで彼女を恨んでしまうのが判っていました。
会いたくないという事情も判りすぎる程頭では判っていても、それを押して頼んで断られたら絶対に私は彼女を憎んでしまうだろうと一。
だから、自分の為に動きませんでした。
自分が傷つくのが嫌だったのです。
それでも、少しでも快癒してくれないかと願っていました。
身勝手な思いではありましたが。
その知らせが届いたのは、
6月18日
でした。
あり得ない展開でした。
亡くなって一ヶ月も経っていたなんて。
きましたね。
これはきつかったです。
生きていてくれていると思えば可能性のあるシナリオも書けたのにと。
もっと心を鍛えて和解の道も探れるのではないかとか様々な可能性が一挙に消滅してしまいました。
彼女の家族の対応に腹も立ちました。
でも、もう全て終わってしまいました。
5月18日より私にとって
6月18日が彼女の命日に思えてなりません。一番の友人をこんな早い時期に亡くしてこれからどうしようと模索した一年でした。
私のこれからの人生の一部は両親と彼女を供養してゆくものになると思います。
どうも長々とすいませんでした。
では、では~!