“俺の屍を越えてゆけ”というゲームが復活したそうですね。私は昔のCMに岸部一徳氏が出演していたので覚えています。
娘が当時よくやっていました。でもそれとは別に、母が昔言った言葉として私には印象深い言葉なのです。
母は、昔の事特に戦争中の出来事について殆ど語りませんでした。
でも私がまだ実家にいた頃、ぽりと言った言葉があります。
「空襲があった翌日に横浜の病院(当時母は看護師でした)へ行く途中で焼死体に筵がかけてあってね。
それを乗り越えて行ったのよ」と。
淡々とした口調だったので、却って印象強く心に残っています。
本当の死を沢山見知った者と、身内の死しか知らない者とではやはり根本的に判りあえない部分があった気がします。
たとえ親子と言えどもー。
でも、死体を乗り越えても自らは生き長らえてくれたから私も娘も今の生を享受出来ているのだという事実は忘れてはならないと思ったのでありました。
それではまた。
娘が当時よくやっていました。でもそれとは別に、母が昔言った言葉として私には印象深い言葉なのです。
母は、昔の事特に戦争中の出来事について殆ど語りませんでした。
でも私がまだ実家にいた頃、ぽりと言った言葉があります。
「空襲があった翌日に横浜の病院(当時母は看護師でした)へ行く途中で焼死体に筵がかけてあってね。
それを乗り越えて行ったのよ」と。
淡々とした口調だったので、却って印象強く心に残っています。
本当の死を沢山見知った者と、身内の死しか知らない者とではやはり根本的に判りあえない部分があった気がします。
たとえ親子と言えどもー。
でも、死体を乗り越えても自らは生き長らえてくれたから私も娘も今の生を享受出来ているのだという事実は忘れてはならないと思ったのでありました。
それではまた。