ここ10年で何度も喪中葉書を受け取りました。
私自身も去年父を亡くしました。
実家で療養中に肺炎が発覚して入院ーそれからは点滴のみで殆ど口から水も食事も取れずに、結局身内に看取られずに亡くなりました。
私は、その日娘と見舞いに行こうと家を出て少しの所で娘の携帯に連絡が入り亡くなったのを知りました。
死に目に会えなかったのは、今でも心残りではありますがせめて父の許へ行こうとしていたのだからと自らを慰めています。その日は丁度、父が亡くなった時刻位に何か異様な気配を感じました。
具体的に表現しづらいのですが空気が一瞬重苦しくなった様な気分がしました。
父が別れに来てくれたのかもしれません。
思えば、去年の3月に父が入院してから本当に心が安まる時がありませんでした。
何度か危篤の報を受けて病院へと駆けつけました。
父を見送る覚悟は出来ていました。
もう4年近く患って、心臓の手術もしていましたから。
高齢でもありましたし、ただその時を迎える瞬間が怖かったです。
その瞬間は結局来なかった訳ですが。
父は一人で逝ってしまいました。
それでも、実家に見舞いに行ったり定期検診の付き添いをして病院にも様子を見に行ったからもういいじゃないと思っても、やはりどこかで納得していない自分がいます。父の生い立ちが普通と違うのもその思いに拍車をかけてしまいます。
父の実父が病に倒れ、一目会いたいと知らされた時に父は拒否したと聞きました。
父が若い頃、父が会いに行った時に実父は拒んだそうです。
実父はどうも婿養子だったらしいのです。
立場上、拒むしかなかったみたいです。
私も詳しい事情は解らないのですけれど。
だから、父自身も実父を看とるどころか葬儀にも行かなかったのでしょう。
いや、こうした事を書こうと思った訳じゃなかったのですがー。
とにかく、親の存在は人にとって限りなく重く大きなものです。
どのような別れ方をしても、後悔するものなのでしょう。
私もこの1年、還暦イベントなどと言っていましたがやはりどこかで父の事を引きずっていたと思います。
でも、来年からは自身の夢に向かって私なりに羽ばたいていこうと思います。何だかとりとめのない文になってしまい申し訳ありません。
それではまた。