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yokoのブログ

掘り下げても掘り下げてもたどりつけないくらい深いとこにいるようで、そんな場所にも光があたるといいなぁと懐中電灯片手にいつも探しているような毎日。

yokoのブログ-みち

とあるワークショップへの参加がきっかけで
自分は平気だ、大丈夫だって言い聞かせてることに
それがもう何十年と習慣になっていることに
気づいて、っていうか、確信犯で、そうやってきたんだけど

自分は平気で、大丈夫だし、ほんと強い人間だと
思ってきたのに
ちょっと違うかなと最近思うようになって。

感じていることを無しにして
楽になろうというのは
心にもからだにもかなり悪いものなんだと
あらためて思い知ったんだけど。

でも、もう半世紀近くやってきたから
反射神経級に、目にも留まらずやっちゃうから
自分でそれをとめることができないんだよね。

臆病な人間なので
人に頼ることも苦手だったし
ひとりきりでいると
そうするしか日々生活していけないから
仕方なかったと思うんだけど

落ち込んだりとかふさいだりとかしている場所も余裕もないから、
とにかく生活のために外に出ていかなきゃならないので
社会で生きていけるように、必死でがんばってきたことが
致命的に、心の身体能力みたいなものを奪っていたっていうのが
見えてきて。

最近、芝居をやるようになって、それが、おそろしいほど
あだになっているなと、もう、手遅れだなぁと思って
あらためて落ち込んだんだけど…

それでも、
このからだで、というか、心で、どこまでやれるか試してみたいと
思んだよね。私のそばにいる人には傲慢って揶揄されそうだけど。


さびしいのって、かっこわるいし、情けないし、惨めだから、見ないようにすると
一瞬楽になるんだけど、からだは決して楽にはなっていなくて、
どうにもできずにさびしさをためこむ一方で、
そのうち何がなんだかわからなくなっていくというか。

だから、さびしいと思ったら、さびしいっていったほうがいいみたいなので
なんか、いやだけど、さみしいって声に出してみた。

自分らしくないなぁって思うけど、らしいのかな。
ま、これでいいや。

誰も聞いてなくても、自分のからだが、少し納得するのかな。
楽になるのかなって。
そう思って、今日は、帰り道、とぼとぼと、そんなこと口にしてみた。

さびしいなぁ…、
ずっと思ってたけど、ほんと、さびしい…

平気じゃないな、私、大丈夫じゃない。
つまんない。切ない。さびしい…

あーーーーあーーーっつ、

なんか、どーにかしたいっつ!