今日は何の日なのか・・・・・・・・・・
干からびて帰宅。
さて今日のblogの前に、昨日の分を読み返す。
それまでたいして興味のなかった、ロイヤルニュース、
H王子よかったよかったの一方で、
お父様とK夫人はなんかやだな。
私は実家のグチをここに書いているんだけど、
両親は幸い仲が良く、それに親戚一同、死別はあっても、
離婚者はいない。そこはよかったと思っています。
我が家の場合、父の辛抱が大きいかな。
と、ここまで書いて力尽きてた。
今日は実家からいただいて、そのまま忘れていた
おせんべいを食べているところ。
親もいつかは死ぬんだよなあ。
いつなんだろう。
母が先であってほしいのは、相変わらずです。
親亡き後、今の状態が続けば、家族の縁もないまま
老後を迎える。
不思議なもので、まったく情が湧かない。
法事で久しぶりに親族と顔を合わせたけど、
ああ、そういうひともいたっけ・・・ていう感じ。
特に話題もなく、親もいなくなれば
会うこともなくなると思う。
小さいころから、ここがいまだに不思議なんですが、
親戚の前に子供が姿を出すことはない家だった。
両親ともに、子供の思いがけない行動を嫌っていたのか
面倒がられていたのか、
お盆や正月で来客があるときは部屋から出てはいけなかった。
挨拶くらいはしていたのかなあ、覚えてもいない。
ただ、やさしい親戚のおばあさんが、
入れられていた部屋にいつも帰る前には
こっそり顔を出してくれ、お小遣いを頂いていた。
すっごくご高齢な今もご存命らしく、もうわかられないけど、
最後に会っておきたいと思っています。
子供のころから、友達のうちではそうではないことを
知っていたから、今でも両親のトンでも発言に
驚きはしないけど、冷めきった気分になるね。
大人になるにつれ、実家は変だと思いつつ、
両親の育ちや、両親の若いころの余裕のなさ、
そういうことが原因だろうと思えるので
無関心、無表情、知らんぷりを続け今に至ります。
私のせいにされているのかしりませんが。
まあ、何が嫌だったのか、記憶もないけど、
母溺愛の息子が難しい問題を起こし続けた時期があり、
なかなかどん底時代・・・
完全に若気の至りで本人を責めるべきものでもなかったと思います。
しかし彼女は半狂乱状態で、
神仏にすがっておりまして、うそかほんとか定かでないけど、
この時期、どこかでこのままだと溺愛の息子が
死んでしまうといわれたみたいで、
もうこの頃から普通の、一般的な母ではなくなったですね。
元からだったけど。
今もよく言えば信心深い、悪く言えば洗脳じみていて
まともに話をする気も起きません。
上司に家庭の事情を伝えていたので
仕事を休みながら、問題解決を試みていました。
同時期に、仕事上で大きな問題を私が起こし、
私生活も、大きなしこりを残す出来事があった。
私の人生の、無邪気で楽しい若者時代がここで
終わったなーという時期だった。
一番大きいのは、笑わなくなった。
あんなに、なんでもないことにゲラゲラ笑い転げていたのが、
なくなっちゃった。
だから、ゲラゲラ笑わせてくれる人は、素晴らしいと
心底思えます。
仕事柄、スマイルスマイルと気は付けていますが、
ま、今では気にせず、自由にやっています。おもしろければ笑うし、
そうでなければ、別に、でいいじゃない。
他人のことに無関心だから、気にしていない。
笑顔はするに越したことないけど、まだするしないの
選択の自由はあると思う。
一番いいねーと思うのは、自然状態が笑顔の人。
ほのぼのと育ってこられたんだろうなー
干からびて帰宅。
さて今日のblogの前に、昨日の分を読み返す。
それまでたいして興味のなかった、ロイヤルニュース、
H王子よかったよかったの一方で、
お父様とK夫人はなんかやだな。
私は実家のグチをここに書いているんだけど、
両親は幸い仲が良く、それに親戚一同、死別はあっても、
離婚者はいない。そこはよかったと思っています。
我が家の場合、父の辛抱が大きいかな。
と、ここまで書いて力尽きてた。
今日は実家からいただいて、そのまま忘れていた
おせんべいを食べているところ。
親もいつかは死ぬんだよなあ。
いつなんだろう。
母が先であってほしいのは、相変わらずです。
親亡き後、今の状態が続けば、家族の縁もないまま
老後を迎える。
不思議なもので、まったく情が湧かない。
法事で久しぶりに親族と顔を合わせたけど、
ああ、そういうひともいたっけ・・・ていう感じ。
特に話題もなく、親もいなくなれば
会うこともなくなると思う。
小さいころから、ここがいまだに不思議なんですが、
親戚の前に子供が姿を出すことはない家だった。
両親ともに、子供の思いがけない行動を嫌っていたのか
面倒がられていたのか、
お盆や正月で来客があるときは部屋から出てはいけなかった。
挨拶くらいはしていたのかなあ、覚えてもいない。
ただ、やさしい親戚のおばあさんが、
入れられていた部屋にいつも帰る前には
こっそり顔を出してくれ、お小遣いを頂いていた。
すっごくご高齢な今もご存命らしく、もうわかられないけど、
最後に会っておきたいと思っています。
子供のころから、友達のうちではそうではないことを
知っていたから、今でも両親のトンでも発言に
驚きはしないけど、冷めきった気分になるね。
大人になるにつれ、実家は変だと思いつつ、
両親の育ちや、両親の若いころの余裕のなさ、
そういうことが原因だろうと思えるので
無関心、無表情、知らんぷりを続け今に至ります。
私のせいにされているのかしりませんが。
まあ、何が嫌だったのか、記憶もないけど、
母溺愛の息子が難しい問題を起こし続けた時期があり、
なかなかどん底時代・・・
完全に若気の至りで本人を責めるべきものでもなかったと思います。
しかし彼女は半狂乱状態で、
神仏にすがっておりまして、うそかほんとか定かでないけど、
この時期、どこかでこのままだと溺愛の息子が
死んでしまうといわれたみたいで、
もうこの頃から普通の、一般的な母ではなくなったですね。
元からだったけど。
今もよく言えば信心深い、悪く言えば洗脳じみていて
まともに話をする気も起きません。
上司に家庭の事情を伝えていたので
仕事を休みながら、問題解決を試みていました。
同時期に、仕事上で大きな問題を私が起こし、
私生活も、大きなしこりを残す出来事があった。
私の人生の、無邪気で楽しい若者時代がここで
終わったなーという時期だった。
一番大きいのは、笑わなくなった。
あんなに、なんでもないことにゲラゲラ笑い転げていたのが、
なくなっちゃった。
だから、ゲラゲラ笑わせてくれる人は、素晴らしいと
心底思えます。
仕事柄、スマイルスマイルと気は付けていますが、
ま、今では気にせず、自由にやっています。おもしろければ笑うし、
そうでなければ、別に、でいいじゃない。
他人のことに無関心だから、気にしていない。
笑顔はするに越したことないけど、まだするしないの
選択の自由はあると思う。
一番いいねーと思うのは、自然状態が笑顔の人。
ほのぼのと育ってこられたんだろうなー