2011年11月26日(土) 現地時間 9PM

Namche Bazaar 標高3446M ネパール

(全ての登場人物は実在の人物なので1部仮名でお届けします)


ぴょんのブログ








(The Irish Pub 夜は周りが真っ暗で見えないため昼間撮影)

ナムチェバザール唯一のカフェ・バーの薄暗いカウンターにて。

外気は多分夜だから5度から8度くらい。

でもカフェ・バーの中は暖かい。

このカフェ・バーの向かいにあるIrish Pub(アイリッシュ・パブ)に

誰もいなかったのでそこを出て、こっちの店の席に落ち着いたところ。


アイリッシュ・パブに誰も居なかったというのは言い過ぎだったかも、、。

正確には同じトレキンググループの一人、メルボルン出身の青年、Adenと彼が先週土曜日にこの町を登りで通り過ぎた時に知り合ったノルウエー人のNicolasの二人が

パブの大きなスクリーンの前でマンチェスターユナイテッドとニューキャッスルユナイテッドのサッカーのライブ中継の試合を見ていた。

白人は2人だけだった。

他には従業員なのか地元の人が数人なにをするでもなくカウンターにいた。


でもこのカフェ・バーにしてもIrish Pubとさほど変わりなく、

見渡してすぐに把握出来る程の人数しか旅行客はいない。

今年の旅行客の足はLukla(ルックラ)空港の

複数回の数日間に渡る閉鎖も影響し早々とシーズン終わりの風情。

6日間連続でLuklaに離発着が出来なかったのはここ40年でもきいたことがないと

シェルパ族のTrekking LeaderのDorjeeさんも言っていたな。

私達はその霧の影響で2日予定が遅れただけでラッキーだったのかも?

私達のグループは全員で5人。

私と私の旦那、イギリス人の50代後半から60代前半のカップル,

Camilla(カミラ)と Dale(デイル)、

そしてグループの中で唯一独身、一番若い27歳の青年Aden(アイデン)君だ。

彼はQantasのフライトアテンダントをしているが、珍しくゲイではなく、

ストレートの男性だ。貴重な存在だな。


ここのバーのマネージャーはカウンターで遅い夕食をとっていたが、

私が店にはいってきたのを見ると、「ナマステー」と挨拶し、「Please」と言って、

お客がビールを飲んでいる同じカウンターに自分の食べかけの「中華焼きそば」のような麺類が入ったお皿を置いていたが、それをどけて私にそこに座るように仕草した。

そのカウンターの隣にはイギリスのランカスターから来たという初老のトニーという

男性が座っていた。彼は20年前にもこの地を訪れたことがあるとの事。

当時はもちろんこのカフェ・バーはなく、Namche Bazaar自体にも片手で数えるくらいの店や宿が

あっただけとの事。彼はこれからGoing up 「登り」なので、

Aussieが言うところのいわゆる「水のような」Budweiserのlightを飲んでいた。


わたしはネパール地元のビールEverestを飲みたかったが、残念ながらこのバーにはなかった。

バーのマネージャーはわかり易い英語を話した。

「Carlsbergはデンマーク、San Miguel もフィリッピンのビールだけど結局現在はネパールの工場で製造されているからこれもいわゆる地元ビールだよ。」との事。(商売上手いね!)ちなみにSan Miguel ブランドはキリンが48%株を持っている様子。


わたしは結局、Heinekenを買った。

バー・マネージャーはイマドキのインテリ風の眼鏡をかけた男で、30歳くらいに見えた。

彼はネパールの出身だがシンガポールの大学で4年過ごしビジネスの学位を取ったとの事。

なるほど、それで彼の言葉が教育を受けた英語でわかりやすい訳ね。

彼は私を日本人だとすぐに見抜いたが、同時にどこで英語を学んだのか聞いて来た。

私は自分が着ていたジャケトに刺繍された「Peregrine Adventure」の文字を

指さしてAustraliaと言った。

バーのマネージャーはやっぱりね、という顔で

「日本人は大体英語を話さないからね。別のところで教育を受けたと思った」と言った。

後で知ったが、知名度の高い、オーストラリアのトレッキング会社だと思っていたPeregrine Adventureは

現在、ドイツの会社が買収して本社はオーストラリアにあるもののマネージメントはドイツ人になったとの事。

ちょっとショック。


国際化が進み、自分達人間も含め、今や人もビールなどの物資も会社もすぐにはどこの出身かはわかりませんな!


突然わたしの前でカメラのフラッシュをたく男がいた。

濃い茶色のモジャ髪で7部ズボンに足にはビーチサンダルをつっかけた

20代後半が30代前半と思われる中近東の風貌の男だった。

彼は私と一緒の写真を写すために片手にカメラを持って腕を伸ばして体をこっちに傾け、

もう片方の手にはビールのジョッキを持っていた。

乾杯の仕草をしてきたので、隣のイギリス人と一緒に二人でビールのジョキを持ち上げた。

その男はよく言えば、実に人懐こい、いかにもお調子者という感じの男であった。

イギリス人のトニーが飲んでいるビールを指差して、

「なんじゃそりゃーアルコールなしのを飲んでるのか?」とのたまわった。

初老のイギリス人が「今日、ナムチェバザールに到着したばかりでこれからトレキングだから抑えているんだ。」

と言うと、

「自分もこれから登るけどね、最初から最後まで飲んでいくつもり!」

と宣言した。

う~ん、高所では飛行機の中も同じだけど酔いがすぐ回るので気をつけないと二日酔い。

またはそれだけではすまなくて高山病になるかもしれないんだから、後で後悔するんじゃないのかな。

どこにでも必ずこういうお調子ものがいるもんだな。


実際に今、Adenが一緒に向かいのバーで付き合っているノルウエー人の男性も20代半ばと思われる男性だが、

動けないくらいに大変な事になって、一緒に到着したツアーのグループは彼だけをナムチェに置いて全員、

エベレスト・ベースキャンプと周辺のツアーに出発してしまったんだ。

Adenの話によるとこのノルウエー人のNicolasはかなり可哀想な男だ。彼の可哀想な話は以下。


Nicolasはこの登山で同じツアーの中の以前から付き合っている彼女にプロポーズをする予定だったのだ。

それも、ツアーのハイライトである、Kala Pattar(カラパタール)標高4270Mの頂上で!

ひざまづいて渡す予定だった指輪までノルウエーから持ってきたんだ。(涙)

ところが、彼だけがグループの中で具合が悪くなった。

(二日酔いなのか高山病なのか両方なのか不明。北欧の人も特にドイツ語圏人は飲むからね~。)

トレックリーダーから彼はこれ以上登れないと判断され、ここの町に置き去りにされた。

指輪と一緒に。。。一人。。。ニコラス君は置き去りに。。。

彼女の方は元気にトレッキングを続行中。。。


数日前にAdenに会った時には話をきいてくれる相手が出現したのでNocolas君は自分

は10日間はIrish Pubに居るので是非下山した時に、また会いに来て欲しいとAden君

に懇願したらしい。寒いぞ。これでいいのか?ニコラス君!がんばれ!


と、思いをはせたときにそのAdenがNicolasなしでカフェ・バーに登場した。

私を見つけると、名前を呼んで嬉しそうな顔をしたので、さては向こうのパブがつまらなかったんだな。


「ニコラスさんは?」との問いに、「Nicolasは口数の少ない男だな。考えることあるのかもしれないので置いてきたよ」と言った。


イギリス人の初老の男性「Tony」と

お調子者のジョーダン(ヨルダン)出身の「DJ」と名乗る男をAdenに紹介。

Adenがその二人にもNicolasの話をするとイギリス人のTonyが気の毒そうな顔をして

「彼は彼女が帰って来たらエベレスト(ビュー)ホテル*1 で、もちろん、景色のいい席を予約して、

花をかざったテーブルで、夕食をしてだね、今度こそ、きちんとプロポーズをしたらいいよ」と言った。

(*1 東京に本社を持つ旅行会社、ヒマラヤ観光開発株式会社が所有。 世界で一番標高の高い場所に建つホテルでもあり、その標高は3,880m。 全12室の客室からは、エベレストを始めとするヒマラヤの峰々が見られる。1972年竣工。当時はヘリでホテルに到着してエベレスト登山をするトレッカーをマーケットに想定していた様子。)

DJは「悲惨な男だね~そいつ。」と言った。

そして、すかさず「ところでこの女性とあなたは付き合っているとか?」と、

私を見てAdenに質問した。

Adenが「いや僕らは、トレッキング仲間」と回答すると満足した様子だった。

「みんなに僕がジョーダンの出身だっていうとさ、

え、なに?マイケル・ジョーダン?って言うんだよ。もう、ぼくもそう呼ばれたらそれで返事しちゃうんだけどね。ははは」との事。

Adenが続けてトレッキング仲間もシェルパも最高だと説明した。

「シェルパのBOYSがさ、

女性のトレッカーとすれ違う度に僕にいい女なのか、

そうじゃないのか判断を聞いてくるんだよ、

おかしいでしょう。かわいいよねえ!」というと、

ジョーダン出身のDJはこう言った。

「そこが、間違えているんだ!標高3000Mを超えたらそこには、いい女しかいないだろう!

そうじゃない女なんていないだろうが。全員いい女だろうが!

僕なんか付いてきた犬まで寝室に入れたよ。

いや、一緒に寝ただけだよ。寒かったしねえ!」


う~ん、このジョーダン出身の冗談男の話の方向がはっきり見えてきたな。

私はここでお別れして一人で宿に戻った。旦那は既に寝ていた。9時45分PMだった。

明日もトレッキングで下山は続くしね。おやすみだね~。

そもそも、このトレッキングの話を最初からすると、、、、

(2. に続く)