「エリオ・グレイシーに勝った柔道家」
というくらいにしか知らなかった。
総合格闘技の創世記に第一回UFCで優勝したホイス・グレイシーの試合を見て総合格闘技に興味を持ってその後のPRIDEなどにハマってった経緯があるので、グレイシー慣例の映像などで紹介されるのが木村政彦だった。
エリオは当時ブラジルでは英雄的な存在で、自ら開発したグレイシー柔術の強さを証明するため異種格闘技戦を繰り返し連戦連勝。連勝街道を突き進んでいた。
そんなエリオを破った男こそ木村政彦。
エリオを破った木村の技である腕絡みは今でもブラジルでは「キムラ」と呼ばれている。
もうひとつ木村政彦の名前で知っていたことは
力道山にシュートファイト(プロレスの中で真剣勝負を仕掛けること)でボコボコにされた男
YouTubeでその映像を見て
「な~んだ、木村ってたいしたことないじゃん」
なんて思った。
しかし、自分の知っている木村政彦の情報はグレイシーやプロレスといったアングルのみで、肝心の柔道家としての木村政彦に関しては全く知らない。
そこで、ドキュメンタリー関連の書籍で圧倒的に面白い!と評判の高いこの本を読んでみることにした。
「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」
最近では「探偵ナイトスクープ」の作家でもあり、ベストセラー作家としても有名な百田尚樹も
絶賛した本でもある。
自分がこの本を知ったのは巨大書店の店員が「今一番おもしろい本」として紹介していて気になったのがきっかけ。
簡単に説明すると、木村政彦という男の伝記。
しかし、ただの伝記ではない。
タイトルからもわかる通り、この本は宿敵であるプロレスラーである力道山との因縁の試合を詳しく分析し、なぜこの試合で木村は負けたのか?圧倒的な取材量(なんとこの本を書き上げるのに要した取材期間18年!!)で立体的に書き上げた本なのだ。
この本では木村の生い立ちから、師匠である
牛島辰熊
《この名前!感じ四文字中三文字が動物!しかも、強そうな動物!!こんな男強いに決まってる!!(笑)》
との出会いと地獄の特訓の日々。
これがすさまじい特訓。
木村は人の三倍努力すれば誰にも負けないんじゃないか?って思って1日10時間の特訓を自らに課したという。
10時間って何よ!どんだけ練習するのよ!!
その結果もあり、全日本柔道選手権3連覇を果たす。
試合に出る時、木村は
「負けたら、腹を切る」
と決めて試合に臨んだという。
実際に短刀で腹の皮を切り
「大丈夫だ、いつでも死ねる」
と確認したらしいから凄い。
凄いんだけど、馬鹿だ!!(笑)
凄い馬鹿だわ!!!(笑)
人の三倍努力!とか、試合に負けたら腹を切る!!とか凄い馬鹿やん!!!
でも、そんな強さに対してまっすぐな姿勢というか、そーゆー純粋な感じがこの男の魅力でもあるんだろうなぁ、と思った。
全日本選手権を連覇し、その後は師匠である牛島辰熊の悲願であった天覧試合に臨む。
天皇陛下の前で試合をする天覧試合は当時、全日本を制するよりも遥かに価値が高かったという。
その天覧試合で見事に優勝し、木村の柔道人生での絶頂を迎える。
しかし、最強の柔道家であるはずの木村の人生は決して明るいものではなかった。
ここまでの実績を残しているにもかかわらず、柔道界からもプロレス界からもその名前が抹消されているのは、ここから先の木村の人生がとても厳しかったからだった。
天覧試合を制した木村だったが、その後日本は戦争に突入。木村も兵隊とし戦争へ出た。柔道人生の絶頂期を戦争によりつぶされたのだ。
戦争がなければ、木村の柔道人生は輝かしいものになっていただろうと思う。
しかも、師匠の牛島は柔道家としての顔とももうひとつ思想家としての顔を持っていた。
牛島はこのままでは日本は滅びてしまう。今すぐ戦争を終わらせねば。との考えから、なんと東条英機の暗殺計画を企てるのだ。実行はされなかったものの、裁判にかけられ実刑を受けることになる。
その計画では暗殺の実行犯になんと木村を使おうとしていたという。
戦後は闇社会でのボディーガードや、闇問屋などで生活していた。
そんな時、木村にプロ柔道に参加することになる。
プロ柔道!柔道をして観客からお金をもらうのだ。
今でこそ、K-1やPRIDEなど格闘技がプロとして認識されているが、真剣勝負がビジネスになる時代ではなかった。
プロの興行はなかなかうまくいかず、結局1年も持たずに解散してしまう。
実は木村はプロ柔道か解散する前に、団体を抜けてハワイへと向かう。
ここでプロレスの興行に参加。
プロレスは好きではなかったが、莫大なファイトマネーが支払われた。この頃、木村の妻が結核で入院していた。木村は日本ではまだ認められていなかった結核の特効薬であるストレプトマイシンを購入しせっせと日本の妻の元へ送り続けていたらしい。
実はかなりの愛妻家だったらしい。
ハワイから次に向かったのがブラジル。
当時、10年間無敗だったエリオ・グレイシーとの対戦だった。
木村と対戦する前に加藤幸夫という柔道家と対戦することになったエリオ。一度目の対戦は引き分け。
そして、二度目の対戦で加藤はエリオの前十字絞めで失神。
エリオの強さはよくわからなかったけど、実際に柔道の実力者であった加藤に勝利したことによって、実力が本物であることがわかる。
加藤が敗れ、いよいよチャンピオンである木村の登場である。
木村VSエリオ
世界の格闘技界でも重要な一戦だった。
今日の総合格闘技へとつながる一戦だった。
第二ラウンド、木村必殺の腕絡みにより、エリオは腕を骨折。骨が折れても降参しなかったエリオの闘志をたたえた木村。また、木村の紳士的な態度に尊敬の念を抱いたエリオ。
ここの辺のくだりは、かなり熱いものがあった。
木村VSエリオ↓
映像を見てわかるのが、木村の動きが現在の総合格闘技の動きとほとんど同じだということ。これが60年以上前の試合なんだから驚く。
その後、プロレスで生計を立てていく木村。
そして、あの昭和の巌流島決戦といわれた力道山との試合である。
プロレスの試合というのはある種のショーなので、結果は最初から決まっている。しかし、開始15分。木村の蹴りが力道山の急所に当たってしまう。この攻撃で力道山はシュートモードへ突入。木村はプロレスだと思っているので、技を受け続けた。その結果、無残にもマットに崩れ落ちる。
木村VS力道山↓
これはもはやプロレスではない。。。
木村はその後、柔道界からもプロレス界からも距離を置きひっそりと暮らしていくことになる。
なぜ木村は力道山へ復讐を果たさなかったのか?
この本の出した結論は?
それはぜひこの名著を読んでいただきたい。
ここに書いたこと「以外にも、高専柔道の存在、グレイシー柔術の技術体系になぜ前三角絞めが存在するのか?極真カラテの創始者である大山倍達との関係、柔道の実践性、講道館柔道のスポーツ化、などなど本当に読み応えのある本だった。
格闘技とか興味ないし~、って人でも面白いと思うので興味のある方はぜひ!!!!
木村の前に木村なし、木村の後に木村なし!!
