「パッシヴとアクティヴの力の合成によって、


 狂態が漸次倍加されて行きました」


 


というのが、明智小五郎が導いた、この事件の真相なんですが、


なんだかとてつもない感じですよね。


 


ウィキペディアのあらすじをそのまま引用すると、


 


 


9月初旬、D坂の大通りにある

「白梅軒(はくばいけん)」という喫茶店で

冷やしコーヒーをすすっていた「私」は、


この喫茶店で知り合いとなった明智小五郎と二人で、

偶然向かいの古本屋で発生した

殺人事件の第一発見者となる。


やがて「私」は、

その犯人が明智小五郎ではないかと推理するのだが・・・


 


 


この作品の私が考える3つの読みどころは、


① 人間の誤謬性による「物質的よりも心理的」トリック


② 殺人ではない「殺人動機」


③ 遊民(異端者)同士のの対話


 


D坂は超有名作品ですので、

今までも何度か読んだことはあったと思うのですが、


今回、とても久しぶりに読み直してみて、

ストーリーをほとんど覚えていないことに気づきました。


この事件の「2人の目撃者」なみの記憶力ですね。


 


さて、少しばかりネタバレ的な解説になりますけれども、

この作品は最終的に、語り手である「私」の「物質的」推理と、

明智小五郎との「心理的」推理の推理対決になります。


そこでキーワード①「人間の誤謬性によるトリック」です。


つまり、この作品のテーマの一つには、

「人間(の理性)は必ず間違えちゃう」ということがあります。


「必ず」です。


明智犯人説を主張した「私」の推理に対して、


「人間なんてそんなものだよ」

とでも言っているかの如く、


そのあとに明智が導くリアリスティックな答えは

著しく「現代的」という言い方ができます。


日本初の本格的なミステリ作家の一人である、

江戸川乱歩が、そのごく初期の作品で、


早くもこの「名探偵的華麗な推理」批判ぶりは

なかなかすごいと思いますね。


 


他にもキーワード③。


 


はっきりいって、


「不健全」きわまりない犯人に対して、


 


どこか共犯めいた視線は投げかける、


名探偵・明智小五郎という存在。


 


その姿は、みんなが安心して支持できる


ヒーローでは決してありませんが、


 


誰もが個人的に抱えている「心の闇」を


ひそやかに共感してくれるパートナーのように


思えるかもしれません。


 


 


 


 


※ ちなみに、この小説の中では、


ポー「モルグ街の殺人」と


ドイル「まだらの紐」の


ネタバレがされちゃってますので要注意!