故郷から東京へ戻りました。

 

帰京する夜、両親が口々に

私がいなくなるのを「さみしい」と言いました。

 

以前は、両親は「さみしい」という言葉は

私に面と向かって口にしませんでした。

 

そう思っていたけど、

東京でひとり生きている私に、

「さみしい」とは言えなかったのかもしれません。

 

笑顔だけどどこかさみしげな両親は、

別れ際、何度も何度も、

私の身体を気遣う言葉をかけてくれました。

 

両親のその言葉に、私のみぞおちの辺りから、

あたたかさが溢れ出てくるのを感じました。

 

私は笑顔で明るい言葉を交わし、

駅まで見送ってくれた母にも笑顔で手を振り、

帰路につきました。

 

 

ひとりになった帰りの車内で、

胸に「さみしい」という感情が湧いてきました。

 

私は胸に湧いてきたその「さみしさ」を感じながら、

両親が、私が家に帰ってくるのを

どれほど楽しみにしていてくれたのか、

私がいなくなるのを

どれほどさみしく感じているのかを知りました。

 

あと何度、

家族とこうして逢えるだろうか。

 

そう思うと、涙がホロリとこぼれました。

 

 

私自身が、

「さみしい」という感情を感じることを

今まで自分に許していなかったのだと思いました。

 

私は「さみしい」という感情が

とても嫌いでした。

 

「さみしい」という感情に蓋をしなければ、

私は故郷を離れ、東京でひとりで

やっていけなかったのだと思います。

 

 

 

今、こうして「さみしさ」を感じることを

自分に許してみると、

私のことを想ってくれている、

両親の愛がより深く感じられて、

両親への感謝の思いが、

胸の奥からどんどん溢れ出てくるのです。

 

 

それに私は今まで、

人が私のことを想ってくれることすら、

許せていなかったのだと思いました。

 

私は随分と長い間、無意識のうちに、

自ら孤独になるように生きていたのですね。

 

 

人が私のことを想ってくれる。

 

そんな世界があることを、

私は知らなかったのかもしれません。

 

 

一見ネガティブに感じる「感情」にも意味があり、

それを否定せず、自分に許すと、

人生の彩りがより深く、

色鮮やかに変化するものなのですね。

 

 

私はこれからはもっと両親の優しさに気付ける。

そして人の優しさにも。

 

私はもっと両親に優しくなれる。

そして人にも。

 

 

私の生きている世界が、

さらに豊かになりました。

 

 

2日の朝、少しだけ雪が降りました。

 

 

2日に母と一緒に行った温泉です。

今年のお正月の幸せな想い出です❤️

 

ランキングに参加しています⭐︎

クリックありがとうございます💕

 

にほんブログ村 料理ブログ 料理レシピ集へ