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1月25日に投稿したなう



パソコン、好きだし、仕事だし、大事な道具だね。
1/25 23:18

私のパソコン遍歴w

“コンピュータ”に出会ったのは、中学生の頃。

確かNECのワンボード・マイコンTK-80だった。
アマチュア無線をやっていて、近所の電気屋の社長が持っていたのを、
触らせてもらったのだ。

夜中まで、意味もわからずプログラムを入れ、
電光板がピコピコ動くだけのものだった。

大学生の時、
友達から日立ベーシックマスターL3というマイコンをもらい、
モノクロTVに繋いでゲームを作った。
これも、電気を切ると終わってしまう、儚いものだったw.

そして、就職してから何年目か、
初めての自分のパソコンを買う。

シャープのMZ-2000という機種だった。
当時のMZシリーズは、カラーも扱えるというフレコミで、
カセットからプログラムを読んで、アプリが起動するという、
現在のPCに近い仕様だったが、まだ8ビットだったから、
何をするにも、一々再起動で、カタカタと長い時間テープをロードする必要があった。

仕事に使おうと試みたが、
電卓で30分くらいで出来る仕事に、半日かかったりする、
怪しい機械としか、認められなかった。


その後、ワープロ専用機が出るまで、こっち関係は忘れ、
ひたすらバイクばかり乗っていたが、
ワープロ専用機で始めたパソコン通信が、ある意味人生を変えた。


あっという間に、PC-98シリーズにはまり、
MS-DOSでバッチファイルなどを作っていろいろやっていたけど、
ある時Macintoshに出会ってからは、もう「MAC一本」でやって来た。

個人的にはね。


仕事は何回か変わったので、その都度、MACとWindowsを交互に使っていたが、
プライベートでは、ず~~~っとMac。

会社に自分のiMacを持ち込んで仕事をしていた時期もあった。

とまあ、いろいろあった僕のPC人生だが、
お陰でこの歳になっても、パソコンがらみの仕事で飯を食っている。

僕の場合は、プログラムはついに作ることは無かったが、
それ以外の、環境構築だったりPCの組み立て、解体等のハード仕事と、
DTPやデザイン、ビデオ編集、DVDのオーサリング等、
いわゆる「コンテンツ制作」の仕事は、一通り行った。

やはりなんといっても「Web関係」の仕事の実績がモノを言っている。

僕が初めて仕事でホームページを作ったのは、
まだ、Netscapeのバージョンが、1.0の時だから。

Mosaicから、ネスケに変わった直後で、
日本人が「Web」などという言葉を使いはじめる以前の話。

クライアントは、Oracleだったな。


っというわけで、
今も、MacとWindowsは、両方使っている。
Linuxも使ってるけど、これは単にブラウザのみ。

で、個人的に両方揃えるにはナカナカ予算が厳しいので、
Macは極力、Apple Storeの「整備品」を買うようにしているし、
Winに関しては、中古パソコンしか買わない。

新品を買う意味がわからないから。


最近は中古パソコンを専門に扱う店も増えたね。

僕が今のコトロ気に入っているのは、このお店。

中古パソコン専門店PCジャングル


なかなか、安い!

この時期、XPからの買い替え需要で、Win7の搭載機が品薄なのに、
ここはかなり「良い物」が安くでているのに、驚く。

もちろん、中古パソコンだから、1台ずつコンディションは違うだろうが、
ちゃんと90日保証もあるし、20000円以上は送料無料、というのもポイントだ。

WinのPCなんぞは、所詮やる事が決まっているし、
バックグラウンドで動かしている事が多いので、
この手のマシンで十分なのだ。


その代わりMacには、最大限に金をかけたい。

今のMac Miniも、Core i7とFusionDrive装備の、フルフル。
メモリも12GB積んでるし。(Fullではないか…)

XPからの乗り換えをご検討の方がいたら、
下記のお店を覗いてみることを、是非おすすめする。






はてさて…

生きていく意味って、なんだろう?

娘に先立たれ、はてさて、どうしたもんだろう?
という疑問ばかり浮かぶ、今日このごろだが、
なかなか“次”の行動目標が見えてこなくて、
困っている。

娘だけでなく、
様々なことがいっぺんにリセットされた2013年は、
2011年から続いていた不穏な雲行きの、
最終年になってくれるといいのだが…。

今年こそ、
明るい明日が見つかりますように…。

向き合うこと

娘の死から3週間。

やれやれ、
すっかり落ち着いた、いつもの生活を粛々と続けている。

自分も家族も一見平常で、特に何の心配も無いようにみえる。

はて、そうなんだろうか?


娘のことを、思い出さない日はないし、
それはなんだろう、どちらかと言うと、辛い記憶。
結局何も進んでいないし、進むこともない。

未だに彼女の骨は、ここにあるし。


ま、よく言う“堂々巡り”の思考なわけだ。

もう考えてもしょうが無い、
自分が納得できる答など、見つかるわけがない。

ま、結構論理思考を好む性格だから、
いつまでもクヨクヨ考えている自分が情けなくもなるのだけど、
まだまだ時間が足らないのかもしれない。


じゃ、いいじゃん。

もっと悩もう。

そして、この事実をもっと多くの人に知ってもらおう。

もちろん、我が子武内安菜がこの世にいた事も含めて。

もうこれ以上、自ら生命を断つことが起きないように。

もうこれ以上、我が子に先立たれる「悲しい親」を増やさないように。


もっと向き合って、もっと悩んで、
心の平穏がやってくるまで、やり続けないと…。


んなわけで、マダマダ向き合う所存です。

グルグルグルグル、回ってます…(^_^;)

娘が死んで、早10日以上経ちます。

今でも朝目覚めてすぐ、
彼女はなぜ、死を選んだのか、
他に考える事は無かったのか、
何かかけてやる言葉は無かったのか、などなど、
考えてしまいます。

もちろん、
いくら考えても、答なんか確認できるわけもないのに、
どうしても、考えてしまう。

残念なのは、
もっと彼女に直接「世界で一番、愛しているぞ」と言ってやらなかった事。
そうしていれば、こんな結果には成らなかったんじゃないか?

否、

それはこちらのワガママかな…。

彼女はもっと完璧な“平安”を欲していたのだろう。

ま、こんな感じで、
毎日同じ所をグルグル回ってるわけですw。




でも、
新しいことにも、徐々に目を向け始めています。


今年は、「株」に挑戦したいな、と。

仕事で毎日接しているけど、
ちゃんと、自分のために勉強して、
将来的にも収入の手段として、確立したいと。


そのための勉強を、始めようと思っています。

取り敢えず、読書に勤しみます。

ではまた!